「風立ちて"D"」

風立ちて“D”—吸血鬼ハンター 2 (朝日文庫—ソノラマセレクション (き18-2))
風立ちて“D”—吸血鬼ハンター 2 (朝日文庫—ソノラマセレクション (き18-2))菊地 秀行

朝日新聞社 2007-12
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以前ここで書いた「吸血鬼(バンパイア)ハンターD」の感想の中でも紹介したのですが、検索ワードとか見てると意外と需要があるみたいなので、あえて個別でも感想を書いてみます。

この

「風立ちて"D"」の物語の舞台となるのは、やはり復興しつつある人間の作り上げた”都”から遠く離れた辺境の村・ツェペシュ。この村は「貴族」達が姿を消したこの時代に於いても過去から続く呪いにかかっていた。村の近くにある、頂上に廃墟を抱えたありふれた丘——一見高さ20メートル程しかない筈のその丘は、いかなる技によるものか、屈強な男達が休み無く10時間上り続けてようやく、登頂を許す丘。この奇怪な「おそらく貴族の残した丘」と「廃墟」を怪異の中心として、物語は展開する。
そしてさらに、ツェペシュ村において約10年前に発生した「謎の神隠し」。子供ばかり4人が行方知れずとなり、そのうち3人だけ帰還した。村人は子供の行方が知れなくなった当時、当然幼魔の類いの仕業だと考えたのだが、真実はより恐ろしい形で幕を閉じることとなった。半月後、行方の知れなくなった子供の内、3人が「呪われた丘」を下って帰還を果たしたのだ。幼魔どころではない。よりにもよって「貴族」と関わりがあるのではないかと疑われた丘からの帰還。事実は村にさらなる影を落とした。
こうした過去と現在を抱えたツェペシュ村に十年の時をおいて、新たなる怪異が発生する。村の人々が語る「昼歩く貴族」とは?依頼を受けた"D"は、事件の悲劇的な真相へと一人足を踏み入れてゆく・・・。

1巻である

吸血鬼ハンターD」と同じように、作者の猛烈な思い入れによる荒廃した「未来の辺境地区」の人々の生き様や、あらゆる常識をものともしない異常な生物達、そして吸血鬼の描写は見事の一言です。甘さなど砂漠の中で水を求める程欠片もなく、ただただ厳しい辺境での生活が横たわるその世界観に圧倒されます。素晴らしいの一言。
しかし、前作をもし読まれたのであれば、この厳しさのみが横行する"D"の世界においても、僅かな心地よい涼風とも言える人々や情景などがあることをご存知だと思います。厳しい暮らしの中で見いだされた僅かな優しさ、思いやり、夢。そういったものがどれだけ貴重なものであるのか。"D"の世界において、それは貴重な宝石と変わらないように美しく描写されます。過酷な暮らしと比較されたそれらは、読者にとってもまさしくオアシスとして機能するでしょう。

今作では、

そうしたオアシスとして一人のヒロインがあげられます。リナ・スーインです。辺境の暮らしの中でも輝きを失わず、強く生きている少女。彼女はあろうことか"D"に対してすら、恐れず、媚びず、天真爛漫に振る舞います。若さの持った輝きとでも言うのでしょうか。今のラノベのヒロイン像と比較した場合、多少「はすっぱ」な印象がありますが、その振る舞い、魂の美しさにおいて、彼女は間違いなくこの話のヒロインとして活躍します。
少しだけの紹介になりましたが、あまり突っ込むと本の魅力を損なってしまいそうですのでこの辺で止めておきます。ただあと一点だけ、「風立ちて"D"」ひいては"D"の魅力を伝えるために、本編での"D"の最初の登場シーンを引用してみたいと思います。

底知れぬほど奥深い闇の彼方から、ひとつの影が現れた。天地を覆う闇よりもなお深いかと思われた。
「ここは、ひとつの文明が滅びた場所だ」錆を含んだ静かな声が漂ってきた。「去りゆくものをとどめるのは叶わぬ業だが、失われたものに対する礼ぐらいはわきまえたらどうだ」

ぜひ、"D"の旅する世界を体験してみて下さい。