シフト(1) 世界はクリアを待っている

シフト ―世界はクリアを待っている―

シフト ―世界はクリアを待っている―

文庫版出版

タイミングも良いので改訂してみる。
「シフト 世界はクリアを待っている」の世界は、現実世界で眠ることによって「シフト」して、異世界の住人となってしまう少年少女達の物語。
なぜ「シフト」してしまうのか? 「シフト」した先にある異世界はいったい何なのか? 「シフト」した直後に聞こえる「世界はクリアを待っている」というメッセージは何なのか? 全て謎のまま彼らは半ば強制的に「シフト」して、もう一つの人生を戦い、時には愛し合ったりして生きていくことになる・・・。
主人公はラケルと呼ばれる蜥蜴男(リザードマン)。そしてヒロインはセラと呼ばれる戦士の少女。彼と彼女を中心にして、シフト先の世界の成り立ちや住人達や世界観などが語られます。
何故かハードカバーで出版され、この度何故か文庫になって再登場したというハードカバーの持ち主には泣きたくなるような出版形態をとった作品です。

「シフト」した先

そこにはやはり同世代の少年少女達が人間や亜人種の姿で暮らしており、そこでのコミュニケーションももちろん可能。
これはそのままネットゲームと同じ。ラグナロクオンラインファイナルファンタジーXIなどのオンラインゲームを想像してもらえればそのままそれが世界観だと思ってもらって間違い無いでしょう。
戦士や魔法使いという職業や各職業ごとの固有スキルやレベルと言った概念もある。しかし異なる部分が幾つかある。
ちょっと特徴的な部分をピックアップしてみよう。

  • 異世界で過ごした時間」=「現実世界の時間」ではない。

主観的な時間感覚で数ヶ月に渡る長期シフトをした場合でも、現実世界での時間経過は一瞬。ネトゲ廃人には堪らない機能かも。

  • シフトした世界で死んだ(殺された)場合、二度とシフトする事は出来ない。またシフト中の事は全て忘れてしまう。

この忘却に抗うことは出来ず、シフトしなおすことも出来なくなる。異世界での完全なる死。コンティニューやセーブなどと言った概念は存在しない。

  • PK他、ありとあらゆる全ての行為が許されている。

PKはプレイヤーキル。誰か別の人が操作しているキャラクターなどを攻撃して殺すことが許されている。管理者が存在しないネットゲームのようなもので、シフトした世界では「倫理的な縛り」が何も無く、「法的な縛り」も当然無い。完全なる弱肉強食の世界。当然異世界の治安は最悪。

こんな感じの

世界の中で物語が語られます。
主人公のラケルは現実世界ではもちろん人間・赤松祐樹だけれど、シフトした先の世界ではリザードマンとして生きている。シフトした先で仲間のセラなどと協力して暮らしているのだが・・・といった話。
それと、ラケルやセラといったキャラクターの作りは良いですね。その辺りはうえお久光を読んだことのある人なら分かってもらえると思うのだけど、元々ハードカバーで出版していたこともあって、いわゆる文庫で発表している作品よりちょっとえげつない所まで踏み込んで人間性を書き込んでいるような感じはする。

それにしても

うえお久光という作家は、特定のテーマ

「失われたもの(過去)(人間)(夢)(自分)(プライド)などを取り返すための戦い」

というのに取り付かれてますね。「悪魔のミカタ―魔法カメラ (電撃文庫)」しかり、「ジャストボイルド・オ’クロック (電撃文庫)」しかり。しかしこの感情移入しやすい根っこがあるおかげで、うえお作品を一つでも気に入っている人なら、どの作品でも結構すんなり入っていけるのがいい。

総合

全体的に間違いなく面白かった。しかし・・・。幾つか腑に落ちない所とか残念な所があるために星3つ。
文庫版では以下に並べ立てられた問題が無くなってしまっているので星4つかな。

1.ハードカバーで出版する意味はあるんだろうか?

個人的に「悪魔のミカタ」以来うえお久光は欠かさず読んでいるんだけど、ハードカバーで出版する事には価格が跳ね上がっただけで読者側のうまみが全く無いと思う。文庫でいいじゃん。これはうえお久光じゃ無くてメディアワークスに言いたいことですかね。

2.挿絵を書くのにちょうど良いと思えるファンタジー分野なのに挿絵がない。

ハードカバーで出版したせいなのか挿絵が一枚も無いのが寂しい。「図書館戦争」は無くてもあまり気にならなかったんだけど(舞台が一応現代社会のパラレルワールド的設定だから)、この作品は何枚かはつけて欲しかった。
ハリー・ポッターとかの流行に乗っかって、一般の読者層を取り込みたいと言う出版社側の戦略があるんだろうけど、普段文庫を読んでいるライトノベルの読者側からすればやっぱりうまみは何もない。これもメディアワークスに言いたいことだな。

3.ハードカバーで出版するのにいつまで続くか分からないの?

せめて上下巻とか、上中下巻とか、全5巻とかの構成にして発表して欲しかったと思う。文庫だったらまだいいけど、流石にいつまで続くか分からないハードカバーの本っていうのはちょっと厳しい。価格が3倍位するわけだし。

4.上記の「3」とも重なる部分があるけど、きっちり物語を完結させる癖をつけてくれ。

これを言いたいのはうえお久光メディアワークスの編集かな。ちゃんと考えましょうよ。「ジャストボイルド・オ’クロック」の感想の時もそう言ったけど、どんな形にしてもまだ完結作品が一つも無いというのはちょっといただけない。
物語の風呂敷をたたむ能力が無いのかも・・・みたいな事を勘ぐってしまう。これはうえお久光に言いたい事かな?
背景には大人の事情とかもありそうだけどそんなもの読者には知りようが無いし、結局は作家は出版物で判断される代物なのだから言い訳不可能だと思うしね。

色々と厳しいことも書いてみた。しかし不満が結構ある割には星は3つ。物語自体は十分面白いから。もちろん続きも読みたい。お金に余裕があるか、うえお久光が好きな人なら買ってみるのもいいかも知れない。・・・あるいはちゃんと完結するまで待って、それから読んでみるとか、ね。

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