“文学少女”シリーズ1 “文学少女”と死にたがりの道化

実は

”文学少女”シリーズの3巻の感想を既に纏めてしまっているのですが、現状のままだと片手落ちなので、1巻から改めて感想を書いてみました。

文学少女”遠子先輩と、少年・心葉(コノハ)の「文学部」所属の二人を中心に物語は綴られます。”文学少女”遠子先輩は非常に変わった性質をお持ちの方で「本を食べてしまう」人です。良い文学は、おいしい味がするそうです。・・・本人にしか分かりませんが。もう一人の主役で語り部である心葉ですが、かれは中学生の時、応募した文学賞でなぜか大絶賛されてしまい、それが原因でちょっと人生が狂ってしまっていますが、それを除けば普通の少年です。日々文学部の部室で三題噺を書いては、遠子先輩にデザートとして提供しています。
彼ら二人の所に一人の少女・竹田千愛が「ラブレターを代筆してくれ」という依頼を持ち込む所から話が始まります。

この話は

話の構成を作る上で有名な文学作品を下地にしているのですが、この1巻では太宰治の「人間失格」にモチーフを求めています。私の話に限って言えば、太宰が元々大好きだった事もあり、また「人間失格」そのものが私の青春の一冊とも言える作品だった事もあって、この本は非常にすんなりと読み出す事が出来ました。

確かに

主題に「人間失格」を持ってきているだけあって、お気楽なラノベではありませんでした。
人間の鬱屈した暗部、相互不理解、けちくささ、醜さ・・・そういったものがラノベの形を取りながらも見事に描かれて行きます。元の作品の良い所を程よく、きつくない程度に抜き出してラノベとして再構成した作者の手腕は見事だと思います。ラノベとして見事です。一点の不満を除けば。

それは

この作品の最後、遠子先輩による素晴らしい語りかけの部分です。
最後を飾る希望に満ちた言葉です。しかしこれが全く響きませんでした。なぜなら「一読者の私は遠子先輩の最後の言葉によって全く救われる事が無かった」からです。これ、私が太宰治の作品のファンだからでしょうね。あと、この作品がちょっとだけライトノベルから逸脱して、心の深い所に入り込んでくるからでしょう。

ええ、

太宰は沢山の本を書きました。
確か最初に書かれた作品は「HUMAN LOST」という作品で、後の「人間失格」のベースとなった作品です。
しかしこの後、彼は絶望に溺れる事無く作家として返り咲きます。精神病院に入院したりはするものの、結婚し、精力的に文学作品を生み出し続けます。「女生徒」「富嶽百景」「お伽草紙」など瑞々しく、美しい魅力的な作品を精力的に書き続けるのです。
このあたりは”文学少女”遠子先輩の言う通りですね。しかし・・・太宰は最後の最後で「HUMAN LOST」に帰り、自分の人生そのものとも言える「人間失格」を生み出すのです。そして、自殺。これはある事を暗示します。

太宰の生み出した

「女生徒」などの素晴らしい作品群そのものが、「彼の偽り続けてきた人生そのもの、彼のいわゆるサービス精神、人間を理解出来ないからこその必死の演技そのもの」にしか見えないという事です。
彼は結局、偽り続ける人生から逃れる事が出来ませんでした。そして「人間失格」渾身の力を注いで作り上げ、これを最後に死ぬ事を選びました。
これは決して逃げる事の出来なかった彼の究極の絶望と苦痛を人生と文学で表してしまった事に他なりません。言わば彼の人生そのものが「人間失格」の文学なのです。

そういった

事もあって、私には”文学少女”の最後の説得は実に空々しく聞こえてしまいました。
人間失格」の絶望を理解しないただの”文学少女”だからこそ出来る説得だったからです。この辺り、遠子先輩の発言でもありますね。

「”文学少女”よ」

これ、全体を通してみると実に上手いです。彼女は見事な傍観者として君臨しています。
当事者の苦痛など”文学少女”は正直自分の痛みとしてはこれっぽっちも実感出来ていません。出来る訳がありません。当事者ではないのですから。正直、お前などに絶望のぜの字も理解出来まい。そう思います。

しかし・・・

しかしですよ? 残念ながら、だからこそ”文学少女”は希望の言葉を生み出す事が出来たと捕らえる事もできます。だからこそ彼女はこの作品の主役でいる事が出来るのです。ライトノベルですしね。夢も希望もあるべきです。そしていつか理解し合える時があると締めくくるべきでしょう。
実に複雑な気分です。改めて強調しますが、これはライトノベルなんです。なのにここまで読者に思わせる作品って、そうは無いです。間違いなく星5つの名作です。これは揺るぎません。

私にとって

この”死にたがりの道化”は救いの無い荒野を歩く様な果てしのないただの絶望の物語です。
少年少女が読む分には良いでしょう。しかし私の場合、歳をとっても決して終わりの訪れない失望の再来そのものです。”文学少女”の言葉で改めて夢を見る事が出来る程、若くなくなったって事でしょうね。もう少しで太宰治の年齢に追いつきますので・・・彼が改めて死を選んだ気持ちも最近よく分かるようになってきました。

話が変わりますが

これを読み終わったらぜひ原典の「人間失格」も読んでみて下さい。ただし、思春期の少年少女は禁止。私は最高のタイミングでこの本を読んで人生を誤りましたから・・・。読むタイミングを間違えるともの凄い毒になりかねない本ですので。個人的18禁本です。
ああ、そういえば、原典に触れる事無くその要素だけを抜き出して読ませられると言う意味において、このシリーズ見事ですね!

感想リンク