扉の外

扉の外 (電撃文庫 と 8-1)
扉の外 (電撃文庫 と 8-1)土橋 真二郎

メディアワークス 2007-02
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おすすめ平均 star
starアリだろう。
star私的には最高のお話でしたが……?
star微妙に消化しきれない内容。

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電撃小説大賞<金賞>だそうですが、さもありなん、という感じです。というかここまで書いても金賞までしか取れないか、って気分ですね。敷居が今やもの凄く高いです電撃文庫

というか<大賞>「ミミズクと夜の王 (電撃文庫)」と<金賞>「扉の外 (電撃文庫)」の「差」は作品としては殆どないと言ってよいのでは無いでしょうか。ただほんの少しだけ、本当に少しだけ「ミミズクと夜の王」の方がドラマチックだったというだけでは無いかと思います。また違うレースがもしあったとしたら、その日の体調で簡単に順位が入れ替わりそうな印象を受けました。

ストーリー

目が覚めるとなにやらクラスメイト全員が一つの部屋に閉じ込められていた。そしてモニター画面に一つの顔が浮かび上がる。そこに現れたのはソフィアと名乗る人工知能。ソフィアは混乱した生徒達に指示を与え始める。ここは宇宙であること、箱船であること、腕輪を外すと庇護を受けられなくなる事。そして「ゲーム」の事。
閉鎖された空間内で巻き起こる群集心理と争い、そして各自が取る自然淘汰から逃れようとする戦略行動・・・いち早く腕輪を外してしまった少年・千葉紀之は一人、醒めた視線でクラスメイト達の行動と心を見続けるのですが・・・。

閉鎖環境での集団心理について

非常に良く考察されて描写がされて行きます。権力構造を保つためにはじき出され迫害される存在や、恐怖に怯えて戦いが戦いを生んで行く過程、一人の知恵者を神の様に持ち上げてしまう事で小さな社会でのパワーバランスを保とうとする試み、そして生き残るために選択されて行くより優れた戦略。優位に立ったものの取ろうとする行動と、施しの様に見せかけた哀れみ・・・極限状況に追い込まれた少年少女達を利用して、作者はこの辺りの「それぞれの社会システムの成り立ち」を良く描き出しています。
昔受けた(社会学の授業でよかったかな?)の「権力は下から来る」という言葉やら、社会心理学なんて事を思い出しました。扱っているテーマがとても面白い。・・・正直、この本に対して学問的な側面の分析やら評価を出来ない自分の知識の無さが恨めしいと思います。

見せ方がウマい

とにかく構成力が抜群にウマい。まず「暴力的」な要素を完全に排除する事で物語を逆に面白くしている所がウマい。一人はみ出してしまった主人公を一定の理論で叩き潰す事を忘れずに、かといって他のグループに正解を与える事無く、それぞれが持つ無自覚の醜さ/美しさや自覚的な善意/悪意などを主人公視点から浮き彫りにして行く様は上手というほかありません。

さて・・・

この物語の序盤で私は作者がある有名なホラー/サスペンス映画を見ているのではないかと思ったのですが、見ていようが見ていまいが、そこから話を発展させて全く違うものを作り出しているのは見事だと思います。そして彼が「扉の外」で手にしたものは・・・ええ、ちっぽけですけど確かに一番揺るぎのない「正解」でした。
それからソフィアとは一体なんだったのでしょうか。古代ギリシア語で、智慧・叡智を意味するらしいですが、古代の智慧の擬人化で女神象徴でもあるとの事です。この環境が間違いなく実験的環境である事を示す記号であると同時に、古典的な社会学の実験場でもあり、かつ物語で主要な役割を果たす3人の少女達の事を暗喩しているとも思えますが・・・私的には「作者」あるいは「読者」に他ならないと思っています・・・。その辺はメタ的な解釈を含まねばならなくなりますので面倒なのでやめます。が、どうでしょう?

結論

星5つあげます。ただし続編なんて書いた日にはこの作者とメディアワークスを馬鹿にしそうな内容です。それだけ見事にまとまっていますので、一読をお勧めします。
イラストもよく考えられていて、悪くないですね。ただ、一つイラストのせいでネタバレしているなあなんて思った時がありましたが・・・。まあ良いでしょう。

booklines.net  ライトノベル名言図書館  Alles ist im Wandel  今日もだらだら、読書日記。  まいじゃー推進委員会!  ウパ日記  ラノベ365日  ライトノベル読もうぜ!
Alles ist im Wandelさん、今日もだらだら、読書日記。さん、ウパ日記さんの感想などは私と正反対の感じで非常に興味深く読めました。読んだ人によって相当印象が変わる作品だってことは間違いないでしょうね・・・っていうか、好意的な私の感想は比較的特殊なような気すらしてきますねぇ。とくにラノベ365日さんの感想は激烈です。是非一読を。

追記:そろそろいいかな?

私がこの作者が見ているんじゃないか? と思ったホラー/サスペンス映画は「CUBE」という作品でした。

類似項目 CUBE 扉の外
参加単位 数名 クラス単位(数グループ)
事の起こり 突然放り出される見知らぬ場所 突然放り出される見知らぬ場所
前提知識 何が起こっているのかは殆ど分からない ある程度の知識は与えられるけど真実は不明
生命の危険 下手に動くと死ぬ 死にこそしないけど生きられるとも限らない
暴力の剥奪 暴力行為を行う事でCUBE脱出の可能性が狭まる事が明らかに 暴力行為がNG要素として予め禁止される
不明要素 何らかの実験に巻き込まれた可能性 何らかの実験に巻き込まれた可能性
協力関係の重要さ 協力する事によって生まれる脱出の可能性 与えられた役割に気づく事で生まれる真実発見の可能性
全体の展開 CUBE脱出に至る経緯 扉の外に至る経緯
世界観 最後までCUBEの中(閉鎖環境) 最後まで扉の内側(閉鎖環境)

などなどでしょうか。

追記の追記(ネタバレ大量に含む)

「ラストが投げっぱなし」

という意見を感想系のブログで良く見かけますが、私はアレで正解だと思いました。
結局の所彼らの命は扉の外だろうと内だろうと続いて行く訳で、明確な終わりの笛など鳴らないのが人生ですので、この手のシミュレーションものを書けばある種「何の変哲も無い」ラストにならざるを得ないのだと思いました。そういった意味では最後のオチ/一発大逆転を期待したくなる「ライトノベル」というジュブナイル分野の作品としては完全に異端児である事は間違いないでしょう。
この話は、「人間という群体」が存在する限り永遠に続いて行く「長くて愚かで愛しくて醜くて美しくて退屈で馬鹿げている話」の「ほんの一部」でしかないという事でしょうか・・・。最後の一行で我々はフィクションの世界から強制的に「大した答えを見いだす事無く(つまり当たり前のような自己の存在確認のみ)」で、「さあ現実へと帰れ」と言われてしまっているかのようです。
RPGゲームの途中で母ちゃんに突然リセットボタンを押されて「宿題はやったの!?」と叱られてしまったとか・・・そんな気分でも良いかも知れません。

キャラクター達は

それぞれにはある一定の人々の代表として存在しているのだと思って読んでいました。例えば・・・

  • 千葉紀之

「現状に批判的な視点を持ちつつも、社会の一部として組み込まれていること/社会に生かされている事に無自覚で、完全にドロップアウトしきれない/する勇気もない若者」でしょうか。ある意味毒にも薬にもならない、酷い言い方をすれば社会の寄生虫です。
ただし、寄生虫故に「安全に寄生するため」の「最も安定して寄生出来る宿主」を選ぶために「宿主」の様子を一番良く観察していた人物でもあるかも知れません。結果・・・まあ、寄生し損なって、独り立ちする事を強制されてしまう訳ですが。

  • 和泉玲子

「調和や人の善意を最高のものと信じつつ、またそうしたもの(自己)に対して高いプライドも持っているのですが、結局の所社会の中に存在するエゴイズムによってドロップアウトさせられてしまう共産主義者」みたいな感じでしょうか。何となくテロリスト予備軍のような気もします。失敗した正樹愛美とも言えそうですね。

  • 大野亜美

ある種、一番身近にいそうなタイプですね。「自分よりも弱者を手元に置く事によって自らの存在理由を固定させている人間」でしょうか。共依存関係にないと落ち着いていられない人間でしょうね。結構怖いタイプだと思います。

  • 正樹愛美

民主主義国家で、かつ経済的に成功した大国、一番簡単な例えが「アメリカ」でしょうね。強力な武力と資本によって自らの掲げる秩序を現実的で唯一無二な正義と信じて疑わないやっかいな同居人、といったイメージでしょうか。

  • 蒼井典子

有能な皇帝一人で成り立つ帝国の様でした。ラストシーン近くでは正樹愛美と別の意味である種の成功を治めた共同体の代表と言っても良いのかも知れません。「母性を頂点に据えた現代の男性社会と違う形での共同体を作る事に成功した実例」という事になりそうですが、ただし作中の殆どの時間は「彼女が故障すればすぐさま分解してしまいそうな社会」だった訳ですね。ある意味正樹愛美の作り上げた社会を凌駕する可能性を持った社会ではありましたが、いかんせん脆い。これからが正念場でしょう。

  • 氷室浩二

「裏から社会を操っているつもりになっている闇組織」で一番分かりやすいでしょうね。彼も結局の所主人公である千葉と同種の人種です。立ち位置(与えられた役割)が違っただけで、それ以外は何も変わりません。

結局の所

色々例え話を積み上げてきましたが、内側に残された者達、外に放り出された者達、彼らのそれぞれに待ち受ける結果が正しいのか間違っているのか? そんなものはきっと永遠に分かりはしないのでしょう。我々の現実世界で未だに「正解」という「神の声」が聞こえてきていないのと同じ様に。