BLACK BLOOD BROTHERS(1)

BLACK BLOOD BROTHERS(1)―ブラック・ブラッド・ブラザーズ 兄弟上陸― (富士見ファンタジア文庫)
BLACK BLOOD BROTHERS(1)―ブラック・ブラッド・ブラザーズ 兄弟上陸― (富士見ファンタジア文庫)あざの 耕平

富士見書 2004-07-16
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おすすめ平均 star
star久々にハマるラノベ
starクオリティの高い小説
star特区

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・・・実は今回この本をやっと手に取った訳ですが、今まで読まなくて良かったと心の底から思いました。理由は最後に。

ストーリー

日本の横浜の海上「経済特別解放区(通称:特区)」と呼ばれる人工島があった。
経済的な中枢として機能する事を計画して作られた土地だったが、計画は様々な理由から頓挫し、マフィア、難民などが棲む魔窟と化し、結果として特区は日本経済から半ば見捨てられるような形で「かつて」真空地帯と化した土地。しかし特区は「九龍ショック」と呼ばれる未曾有の大事件を境にその性質を変える事となった。
「九龍ショック」——公に「吸血鬼」が存在する事が明るみに出る事になった大惨事である。この事件を境に香港は崩壊、その替わりの拠点として特区に香港を始めとする資本が大量に流れ込む事となった。そして新たな魔都が海上に誕生した。その内に「吸血鬼」という魔物を孕む魔都が。
物語はその特区を目指す船の上、吸血鬼の兄弟・望月ジローコタロウの二人の姿を追う所から始まる。

代表的な登場人物

ジローとコタロウ

主人公の二人の兄弟ですね。
名前はコミカルですが二人とも見事なまでの吸血鬼です。特区が事実上吸血鬼にとっての解放区である事と、その他にも秘められた理由をもって二人は特区を目指すのですが、ジローはそれなりの年月を生きてきた「古血(オールドブラッド)」と呼ばれる力のある吸血鬼で、微妙に紳士ですかね。

「勝手に船内をうろついて……何も粗相をしてないでしょうね」

弟の躾には厳しい兄です。吸血鬼だけど常識人。ちなみに特区を目指す前のある人との会話で・・・

「どうせなら有能な方がいいですね。世情に通じ、深い見識を持ち、妙な偏見に捕われることのない理知的な方が。美しい妙齢の女性なら言うことなしです」

なんて事も言っています。まとも過ぎてビックリですね。その逆にコタロウは・・・金髪の美少年ですが、

「兄者ぁー。ねぇー。兄者ぁー」

退屈だと言う理由で寝ている吸血鬼を叩き起こそうという強者かつ天真爛漫で無邪気な少年です。
完全なるトラブルメーカーですが、素直で兄には絶対服従(楽しい事を見つけたとき以外)&絶大な信頼を寄せているという「ああ、いい弟だなあ」という感じ。
・・・この二人、もちろん色々秘密があったりしますが、それは物語の中で語られていきます。

葛城ミミコ

本編のヒロイン(?)の女性でなんと十七歳。
特区にあるオーダー・コフィン・カンパニー(通称「カンパニー」)という「人間と吸血鬼の間を橋渡しする、あるいは危険な吸血鬼を排除し、その存在を一般社会から隠蔽する」という役割を負ったアンダーグラウンドの組織に「調停員」として所属しています。
その役職名の通り彼女は調停をするのが仕事なので、荒っぽい事は基本的にやりません。・・・現実社会で置き換えると・・・公共職業安定所の所員って感じでしょうか? 吸血鬼に味方したりもする(「吸血鬼と戦う部署」のある組織に所属してますが)数少ない人間と言えます。
彼女はジローとコタロウ兄弟を偶然助ける事になって、そこから彼らの色々に巻き込まれていきますが・・・力はないしアヒル口だし金もないけど、真面目で正義漢も強く職務に結構忠実な「絵にかいたようないい人」ですかね。・・・あ、色気もないや

この作品の特徴的な所

まず「特区」という舞台

上の方でも触れていますが海上に存在し、清濁あわせ飲む巨大な都市。近代的なオフィズビルが立ち並ぶ地区もあれば、スラムも存在するまさしく一つの生き物です。人種も入り乱れ、人間だけではなく吸血鬼も(表立っては「カンパニー」がその存在を隠していますが)入り交じるとんでもない土地であるという事。

吸血鬼というものに対しての新しいイメージの追加

吸血鬼は実在しますが、彼らの吸血鬼としての特性(これを作品内では「血統」といいます)は「吸血鬼が人間の血を吸う」事では感染しません。「人間が吸血鬼の血を吸う」事で感染するのです
また、吸血鬼という意味では同じですが血統によって大きくその特性は異なり、十字架が苦手だけど水は平気とか、太陽光は苦手だけどニンニクは平気、などなど、血族によって特徴が分かれるというのも特殊です。

従来の吸血鬼の恐怖

いわゆる「血を吸われた人間を吸血鬼とする」特性を持ったものたちも存在します。
その存在によって発生した大災害が「九龍ショック」だったりします。「九龍の血統(クーロン・チャイルド)」と呼ばれ、それらは人間にとってはおろか、吸血鬼にとっても忌むべき敵として存在しています。

それらを踏まえた上で

吸血鬼という存在そのものが抱えた、爛れ、退廃、淫靡、恐怖、邪悪を描いています。
人間と決して相容れない特徴を備えたモノたちの生きていく姿。例えば、吸血鬼の吸血行為は人間に究極の快感を与えるモノとして描かれます。あるいは人間とは一線を画した怪力やスピード、その他の異常な能力・・・そうした他の命を啜る闇の生き物の悪魔のような魅力をそのままに、舞台を用意し、過去の因縁を用意し、そして悲劇的な宿命を纏わせて、この話は成立しています。

雰囲気として

いかにもライトノベル的なコメディっぽいところもありますが、シリアスな部分では非情なまでにシリアスで、しかもそれらの反する要素がぶつかり合って特徴を無くすような事になっていません。
あざの耕平恐るべしですね。スロースターターという事ですが、とんでもない。この1巻は一種の芸術作品と言ってもいいんじゃないかと思います。世界設定、全体の構成、切り出して描写しているシーン、最低限必要な説明、それらの取捨選択がどれをとっても見事だと思います。・・・若干説明が多いような気がしないでもないですが、その辺りはもう誤差の範囲です。

正直

見事としか言いようがありません。星5つ。
1巻を最後まで読んだ時点で完全にまいりました。ここまでやられてしまえばもう仕方がありません。
上記にあるようにそれなりに特殊な舞台設定で、登場人物も意外に多く、人間関係(吸血鬼関係?)の勢力図なども色々入り乱れているのですが、決して分かりにくくありません。
本編ではかなりの文字数をその独特な設定の説明に割いているはずですが、それでも登場するキャラクターの特徴を見事に表現し、続いていく物語のために伏線を張りながらも一つの物語として一冊できっちりまとまっています。素晴らしい。

今まで読まなくて良かったです

ひとえにDクラッカーズとの相性が悪かったせいですが・・・結果的によかったですね。
なんといっても既に七巻まで出ているんですから、私は本編だけでもあと六冊も連続でこの本を楽しめる訳ですしね!もう読んでしまっている人はこういう喜びは無いでしょうし!得した気分かも知れません。やっほー!
草河遊也氏のイラストも安心のクオリティと言って良いでしょう。ちょっとつり目気味のイラストが微妙に感じたりもしますが、動きがあるので十分楽しいですね。
・・・ふ〜、感想をまとめるだけで疲れちゃったい。