”文学少女”シリーズ4 “文学少女”と穢名の天使

“文学少女”と穢名の天使 (ファミ通文庫)

“文学少女”と穢名の天使 (ファミ通文庫)

しかし本当に読み始めるのに気合いがいる作品だなあ。

今回の話は”文学少女”たる遠子さんの活躍はあんまり見られないんですよね。ちょっとその辺は「アリャ〜」という感じがしたりして。文句を言いつつもお気に入りのような・・・登場する機会が減って分かるそのキャラクターの価値ですか。

しかし琴吹ななせが光っていた話ですね。とにかく可愛らしくて素晴らしい。時々脳内妄想でひっくり返りそうになる位に可愛いです。今まで心葉くん側からの一方的なの描写しかなかった事と、このシリーズはどこに地雷が埋まっているか分からない作品なので微妙に警戒しつつ今まで読んでいたのですが、この話を読んでその辺りが実にすっきりとしました。いや、いい娘ですよ。
全体の展開はシリアスそのものですが、彼女の活躍のおかげで今回初めてゆったりとした気持で読む事ができました。

本編は

またしても愛と憎悪のお話だったりするんですが、流石に4冊目ともなると「キー」となる例の「太字の文章部分」が誰の独白なのかという事を注意しつつ読み進めていたので、あまり衝撃はありませんでしたが、主人公の心の闇と絡めて話を作りつつ、その内面描写のエグい事は相変わらずのクオリティです。
しかしですね・・・その展開も4冊目ともなるとちょっと慣れてきてしまったというのも事実でして、もうちょっと心葉くんには成長をして欲しいなあなんて思わなくもないですが、今回一応一歩前進という感じでしょうか。

さて

本編は琴吹ななせの親しい友人にまつわる話なんですが、これが心葉の心情と半ばリンクするような形で描かれていきます。その辺りは是非本編で確認して欲しいですが、このタイミングでこの話を持ってくるというのは「あ〜そろそろシリーズの終わりが近いんだろうな」という感じですかね。3巻と対になっている話と言って良いのかも知れません。

総合

星4つかな?
同じような展開が続いているので「ミスリード」を中心とした作風に慣れてしまった事が減点理由でしょうかね。しかし夢中になって読んでしまえるだけのクオリティを持っているのも事実ですので、星4つは固いという感じです。
しかし約一名、時効でもなんでもない犯罪を犯しつつも逃げおおせたっぽい人がいるんですけど、これマズくないですか?
相変わらず挿絵も美しいですし、特に文句を付ける所は大きく見当たらないですね。

感想リンク

で、

ここから先は完全に「余談&一定のネタバレ含む」なんで未読の人は華麗にスルーして下さい。

井上心葉と朝倉美羽の関係を言動から読み解く

井上心葉の視点

本編内の彼本人と彼の過去にまつわる、文章を幾つか引用します。

——あんたみたいなやつは、気づかないんじゃない。知りたくないだけなんだ。

——あんたや、井上ミウみたいなやつが、無邪気に人を追いつめ、傷つけるんだ。

こんな風に本編で心葉くんは言われます。しかしその反面、本編では「井上ミウ」の紡ぎだした汚れなき美しく純粋な恋の世界に憧れ、夢見る読者がいたりします。
また、続けて別の箇所、心葉が自分自身についての事を思い浮かべる部分を引用してみます。

ぼくは、なにか大事なコトを忘れているんじゃないか?
心に鍵をかけて、思い出さないようにしているんじゃないか?

何かを思い出したくないと思っている可能性が指摘されます。
続けてですが、美羽との関係も一部(心葉の思い出として)描写されます。

美羽に会って話を聞きたかったけど、美羽は会ってくれなかった。

あの時美羽が、何故。飛び降りたのか? 何故、急によそよそしくなったのか? 口をきいてくれなくなったのか? 一人で先に帰ってしまうようになったのか? 刺すような目で僕を見つめ、憎しみを向けたのか?

おそらく単純に心葉を傷つける為だとしたら、美羽が心葉に姿を見せないというのはちょっと違和感がありますね。

朝倉美羽の行動

これは心葉くんの追憶によるものですが、幾つか美羽の行動や言動をピックアップしてみます。

——コノハ、あたしのことが好き? あたしの目を見て、言ってみて。あたしが、好き? ねぇ? あたしは大好きよ。コノハは、あたしをどれくらい好き?

上位にあるようでいて、言葉の裏から「自分が本当に愛されているかどうかいつも確認せずにはいられない」という雰囲気を読み取る事が出来ます。

『コノハは、あたしの特別よ。コノハにだけは、あたしの夢を教えてあげる』

特別なのは間違いないのでしょうが、特別扱いする事で心葉をつなぎ止めようとしているとも読めます。

——薫風社の新人賞に応募しようと思うの。大賞をとれば、あたしの原稿が本になるのよ。歴代の受賞者で最年少は十七歳だって。あたしは、それより早く受賞したいなぁ。

自分の才能に対しての不安を少なくとも表面上では見せていません。

——ねぇ、コノハ、イヴの願い事は、なんでも叶うのよ。コノハは何が欲しい?
——……なら、美羽が作家になったら、はじめてのサインは、ぼくにくれるって約束して。
——もぉ、またその話? だから気が早いよ。


くすくす笑いながら、ぼくの頬にすばやくキスした美羽。真っ赤な顔でうろたえるぼくに、腰をちょっとかがめて、いたずらっぽい顔で言った。


——今のが、約束、だよ。

間違いなく上から見下ろす視点で心葉に相対している事が読み取れます。わざとか無意識にかは分かりませんが、傲慢と言っても良い振る舞いをしています。

以上の引用からの推測

彼ら二人の心の比較と、関係のあり方を考察してみます

心葉
  1. 朝倉美羽に心酔しているので、どうしても下から見上げる関係である
  2. 美羽の持つ才能を少しも疑っていない
  3. 自分に才能があるなどとは少しも思っていない
  4. 「井上ミウ」の作り出した物語のように、二人の関係は純粋で裏が無く、素晴らしいものだと思っている
美羽
  1. 井上心葉を大切に思っているが、どうやら上から見下ろす関係である
  2. 自分の持つ才能を少しも疑っていない
  3. (推測)心葉に才能があるなどとは少しも思っていない
  4. (推測)「井上ミウ」の作り出した物語のように、二人の関係は純粋で裏が無いとは思っていない可能性がある

上記の推測が正しかったとして

この二人の間に一つの事件を投げ込んだ場合、彼らがどのように考えて行動したのかを推測してみます。

  1. 心葉は特に夢があった訳ではないが実は才能があり、井上心葉による「井上ミウ」が最年少で文学賞を受賞してしまう。
  2. 美羽は心葉を「最愛の手下」「決して裏切らない家臣」「忠実な自分だけの従者」「一心に愛を注いでくるペット」故の愛を注いでいたが、その前提が「井上ミウ」の大賞受賞の事実の前に崩れてしまう。
  3. 美羽の「飼いならしていた」という幻想による信頼は崩れ去り、心葉に対しての嫉妬の心が生まれる。美羽にとってはまさしく「飼い犬に手を噛まれる」状態。しかしそれでも心葉が美羽に注いでくる愛情は変わらない。
  4. その証拠のように「井上ミウ」=「心葉」の紡ぎだした恋の世界は、美羽の心の中のような「自分の心の安寧のために相手を利用するような醜い関係」ではなかった事が作品から読み取れてしまう。
  5. 心葉の才能に対する嫉妬、そして心葉の内面世界の純粋さに対しての羨望が二重に美羽を傷つける。しかも心葉は美羽を傷つける気がなかったという事が、その行動や言動や作品から読み取れてしまう。
  6. 美羽は「見下ろしの視点」とはいえ、心葉を好きである事には変わりなかったので、好意と憎しみの間で大きく揺れ動く。
  7. 美羽は「純粋な井上ミウの世界への羨望」と「心葉の才能に対する嫉妬」の二つに苦しみ、一方的な裏切りを感じ、憎しみすら覚える。
  8. そしていつしかその美しくも汚れを知らない世界を壊してやりたいと思うようになる。また、醜く歪んだ自分の自意識にも耐えられなくなってくる。
  9. 美羽は心葉と比べた時に感じる「醜い自分の抹消」と「美しい心葉の世界」を同時にやりたくなり、「——コノハには、きっと、わからないだろうね」という心葉を壊す呪いの言葉を残しつつ、自殺をする。
  10. しかし運悪く、生き残ってしまった美羽は、その内面と同じように(と多分本人は思っている)外見まで醜くなってしまう。
  11. あらゆる醜さの体現者になってしまったと感じている美羽は、それでも心葉に好意を持っている故に「会いたいが、決して会う事が出来ない」というジレンマを持つ事になる。そして未だに執着を持っている。

結論として

  • 心葉が「気がつきたくない事実」とは「美羽は心葉の思っているような純粋で美しい存在ではなかった」という事ではないでしょうか。
  • 心葉が「思い出したくない真実」とは「——コノハには、きっと、わからないだろうね」の台詞の前に言われた「心葉の信じていた『美羽という美しい幻想』を木っ端みじんに破壊するような言葉と行動」ではないでしょうか。

まあ

そんな簡単に推測できるとも思えませんが、今の所こんな感じですかね? 妄想って時々楽しいですねえ。