ちーちゃんは悠久の向こう

ちーちゃんは悠久の向こう (新風舎文庫)
ちーちゃんは悠久の向こう (新風舎文庫)日日日

新風舎 2005-02
売り上げランキング : 95165

おすすめ平均 star
star「なぜか」印象に残ってしまった本
star不気味かも
star評論家という職業は解説を書く上では必要な職種のようです

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ストーリー

ちーちゃんは僕の幼なじみで凄く変な子だ。
お化けやら妖怪やら幽霊といったものに異常なまでに興味を示す女の子。幼い頃、僕はよくちーちゃんに家の押し入れに連れ込まれて、延々と彼女得意の怪談を聞かされたものだ。
もちろん高校生にもなった今でこそそんな事は一切しなくなったものの、ちーちゃんは相変わらず得体の知れない——あるか無いかあやふやなもの、怪奇に興味を示し続けている。そして僕はと言えば、友達と言える様な人はちーちゃんしかいないような高校生になっていた。
ある時、ちーちゃんは「学校にある七不思議について調べる」と言い出した。そしてその時に、ちーちゃんと僕が過ごす「こちら側」での終焉の物語が始まったのだった。

糞、あるいは臓物だね

日日日の書いた作品をここの所結構連続で読んでいる訳だけど、それでもシリーズで見たらたった二つ。「アンダカの怪造学」「ギロチンマシン中村奈々子」だけという状態なのだけど——これは上記2作品と違う、完全に作者の糞便で書かれた物語だね。
まあ汚くて臭くて醜いという意味であれば小便でも鼻糞でも涎でもなんでもいい。結局は同じ事——つまり日日日の汚濁で書かれた文章にやっと巡り会ったという意味でだ。上記の2作品を読んでいる最中に感じていた違和感がやっと消え去った作品に出会えた。これは嬉しい事だった。
アンダカの怪造学」にしても「ギロチンマシン中村奈々子」にしても作家・日日日の「こういうの好きでしょ?」「こうやったら良い感じで君らは踊ってくれるでしょ?」という視線をあちこちから感じていたのだけど、この本はちょっとだけ違った。むき出しの部分をあちこちから感じた。

敢えてだけど

どう感じたかをもの凄く下品な言い方で例えてみよう。

貞淑であれ」と言われ続けて育った女がいた。
その女はもうある男の妻となっているのだけど、それは閨でも同じ事だった。声を上げそうになっても必死になって堪えてしまうような女。
自分から夫を喜ばせるなんてもちろん出来ない。だがしかしある時、夫の執拗なまでの愛撫に我を忘れて、声を上げ、髪を振り乱し、そして何もかもが決壊したかのように夫を求めてしまう。
「お願い、もっと欲しい」と。
そして自らが上になり、腰を蠢かせてひたすら快楽に身を投じる——。

そんな感じ。
淑女ぶっていた人間がある瞬間その獣性をむき出しにしたかのような、我を忘れた一瞬がこの作品の中にあると思った。

他の作品では

我慢出来ていた。
書きたい事を知性で掌握して、コントロールして、サーヴィス精神と、ある種の与える側故に持てる傲慢さでもって作品を作っていたのだけど、この本ばかりは本音が出ている、そう感じた。
人間の誰しもが隠そうと思っている醜くて汚らしい部分。そう、この話の父親と母親を代表として、登場人物の全ての裏側に潜んでいるおぞましくて下劣でしかしどうしようもなく我々の血に潜むもの——奢り、妬み、嫉妬、特別意識、劣等感、排他性、無理解、依存、嘘、などなど。そうしたものが見え隠れしている、いや、見え隠れしてしまった、といったほうが多分正しいと思う。
我慢しきれずに糞を垂れ流して、挙げ句臓物をばらまいて出来上がった実に赤裸裸で恥ずかしい文章だ。しかしながらそれ故に不気味で、虚無的で、その実残虐でといったドロドロとしたヘドロの匂いを感じる。読んだこちらにまで匂いが移ってしばらく消えないんじゃないかという臭さだ。しかしそれが素晴らしいと思う。そんな臭みがあとがきからだって匂ってくる。

これを読みたかった

ま、そうは言っても、もちろんこの作品にしたって当然日日日は文章の裏に隠れて読者をあざ笑っているに違いない。
でも他の作品に比べた場合、顔をのぞかせている部分が多いのは間違いないと思う。この本は恋とか友情とかを絡めたホラーっぽい体裁をとっているだけの告白文学、そう思う事にした。
しかも物語として十分に面白い。もちろん既に存在している作家群の匂いをあっちこっちに感じるけれども、そんな事は取りあえずは些細な事だと思う。大人の影響を一切受けずに育つ子供はいないから、そんな遺伝みたいなものに文句のつける気はさらさらないので、本当に不満らしい不満は特にない。
とにかく勢いのある文章ってこういう文章の事を言うんだろう。

だから

しばらくはもういい。お疲れさまと言おう。
もうある程度分かった。貴様の薄汚くてみっともなくて恥ずかしくて恐ろしくてそのくせ小心者な所はよーく分かったから、これからはこの作品の事は忘れて、今まで通りのサーヴィス精神と道化のような嘘つき根性でもって、楽しいレジャーを提供してくれ。他に言う事は特にない。他の既刊本もこれから楽しませてもらう事にしよう。

総合

星5つ。日日日でこの点数をつけるのは初めてだなあ。やっと付けられた。
楽しいかつまらないかはともかくとして、日日日作品に何らかの魅力を感じた人なら読むべき本だと思う。読み返すとなんかとんでもない感想になっちゃってるけど、まあいい。すっきりした。
日日日作品を食い始めてからずっと出なかった宿便がやっとこの本で出たって気分。

感想リンク

booklines.net