樹海人魚

樹海人魚 (ガガガ文庫 な 1-1)
樹海人魚 (ガガガ文庫 な 1-1)中村 九郎

小学館 2007-05-24
売り上げランキング : 237474

おすすめ平均 star
starその信者に言わせると
star問題外
star

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

中村九郎の新作なんだけど、おお、一応読めるじゃないか! 日和ったか!?
まあ実際の所は違う様な気もするけど

ストーリー

人魚と呼ばれる怪物がいる。
人魚は不死。決して滅びず、一定期間をおいて月型郡に現れる奇怪な生命体。
主人公の森実ミツオ(もりざねみつお:通称ザネ)は、その人魚達と戦う「指揮者」と呼ばれる特別な存在の一人だった。指揮者達は「歌い手」と呼ばれる人間寄りに調律された人魚を使役して、敵対する人魚と戦う任務を負っていた。しかしザネはグズだ。何も出来ず、冴えない。逃げてはいけない所で逃げてしまう様な、そんな少年。
そんな彼を含む人魚を撃退する機関「Do-or(ドア)」の前に、十年の眠りから覚めた人魚の一団が現れた。
人魚達の異様な能力の前に倒れて行く指揮者達。ザネという少年を中心にして「Do-or」と人魚達の想像力の限界を越えた戦いを描く作品。

のっけから飛ばしてます

最初の一文がこれ。

音楽の授業中、である。
森実ミツオは骨折した。

音楽と骨折がそもそも結びつかないので読者は自動的に置いてけぼりです。ちなみになんで骨折したかの理由は書かれません。そしてその次のページの最後の一文がこれ。

ごく平凡な、音楽の授業中のことである。
月形小夜子は死んだ。

突然同級生が死んでます。死因もこの段階で一切不明。やっぱり読者が完全に置いてけぼりです。飛ばしてます。

思うにですね

普通の作家は独自の世界観を紡ぐためにある程度論理的な説明を作品の中につけるモンですよね。魔法にしても妖怪にしても、それなりの論理的な体系を付けて説明しようとしますが・・・中村九郎はそれをしません。
単純に比較してみましょう。

  • 一般的な作家の場合
  1. A+B=Eである
  2. C+D=Eである
  3. 結論として(A+B)=(B+D)=Eといえる

多少の順序の反転はあってもこうした説明を作品中に入れる事で、読者に理解を促そうとします。しかし中村九郎はこれをしません。

  1. Aがある
  2. Bがある
  3. Cがある
  4. Dがある
  5. だから結論はE

みたいな論理の飛躍が全力であるんですな。数式が全く存在しないため論理的な説明が皆無と言って良い程出来ていない。あったとしても「中村九郎公式」に基づいて書かれるため、基本的にその公式を知らない読者は置いてけぼりになるのであるな、きっと。
この意味不明感は詩人の紡ぐ詩に近い。単語のイメージ、文字が呼び起こす色、言葉の音が作る映像、そんなもので本を一冊書いてるという感じですな。
・・・良い悪いはともかく、ここまで論理的な説明を排除して文章を作れるというのはある種の奇怪な才能と言える様な気もする。

話を戻しますが

人魚達の奇怪な力についてもまず結論有りで、説明はあったりなかったり、あったとしても「文章としては理解できても、論理的には理解できない」説明になる。
人魚達の不死を支える力——それ一つ一つを取ってみても、一つとして言葉以上の意味を持ってして納得できない。とにかくそこにそういう現象として不死が存在し、奇怪な力が存在する訳です。
キャラクターの性格についての描写も同じですね。登場人物達はそこに有るべくしてあって、一つ一つの行動も「多分こうだろう?」と想像する事は出来ても、それ以上には届かない。冷血かと思えば次の瞬間には温かい、優しさのような悪夢、常識のような非常識。
・・・ほんっとに、前衛芸術的ですね。書きたいものしか書いてないよって感じです
さらに加えて作品内におけるあらゆる出来事は記号的で、それは死や敗北なども含めて「流れに乗って発生する出来事」というよりは「文章内に配置されている」という印象です。ですので、全体を通してみた時に「あ、ここにこれが配置されていたのね」みたいな感覚を持ちます。まあ、気がつかない事も多々有りますが・・・。
本当に、絵みたいな文章ですよ。

しかしですね

今作で中村九郎が読者に対してそれなりの歩み寄りを見せたのも事実でしで、個人的には前に読んだ「アリフレロ—キス・神話・Good by」に比べてグッと分かりやすくなったという印象はありますね。
これをまあ、上に書いたように日和ったというか・・・進歩したというか・・・難しい所ですね。半歩ですが、読者の側に歩み寄った感じがありますから、あと半歩歩み寄れば随分と読みやすくなるでしょう。
しかしこの作家をそういう方向に育てて良いモノか? という疑問は残ったりもします。これは難しいですよ。

まあそれはそれとして

言葉使いなんかは時々結構痺れますね。

「いいか? ザネ。誰も答えは教えられない。みんな自分で見つけるんだ。いや……見つけようともしないで、何もしようともしないで、気がついた時にはどうしようもない。そういうヤツをな、グズっていうんだ、グズ!」

おお、過激ですな。

「当たり前のことを当たり前にできるひとなど、多くはいないであります。誰しも何か犠牲にしたりすっ飛ばしたりして、歪みながら体裁を繕っているのであります。なりたいものになれるのは、なりたいと気づいたひとだけでありますよ」

こっちでは妙に優しい様な気もしますね。

総合

うーん、星・・・星・・・やっぱりまた評価不能
なんとなくですけど、変な要素の無い普通の恋愛ものとか書いてほしい様な気がしてきました。恋愛でしたら読者も脳内補完しやすいですし・・・。そういった本を一度書いてもらえれば何となく分かる様な気もするんですが。現時点ではやっぱり難解です。
前半は飛ばしてはいてもまだ読みやすい印象があったんですが、読み進めるに従ってキャラクター像や、出来事の印象が二転三転するような感じで徐々に混乱しました。本当に奇怪な作家ですね。
イラストは・・・まああって良かったというか、助かったというか、なんというか・・・。

感想リンク

まいじゃー推進委員会!  ただ、それじゃ終われないでしょ!  MOMENTS  積読を重ねる日々
「ただ、それじゃ終われないでしょ!」さんの所では、

ヒロインも普通に可愛いし、絶対零度ツンデレ幼馴染との三角関係勃発もあったりと作者に一体何が?状態ですよ。

と書いてあります。そうです、そうなんです! そういう箇所があるんですよ!
しかし「そう読めるような気もするけど、そうと読めないような気もする」ってのがある意味この作家のスゴい所でして。
少女二人に少年一人の三角関係、ただし三角錐、みたいなっ!戯言シリーズ:葵井巫女子風)」
・・・やっぱり中村九郎は宇宙人かも知れないと思う今日この頃。少なくともタダ者ではないような気はする。