ロクメンダイス、

ロクメンダイス、 (富士見ミステリー文庫)

ロクメンダイス、 (富士見ミステリー文庫)

ストーリー

高校生のハツはカウンセラーに告げられていた。1年以内に恋をしないと死んでしまうと。ハツは<六面ダイス>と呼ばれる施設で、自分を癒すための生活を始める。
その生活の中である時出会った少女・チェリーに心を動かされる自分を見つけたハツは、チェリーに恋をしているのではないかと思うのだが、その相手の少女・チェリーは恋をしたら死んでしまうという病にかかっているのだった。
子供から大人へ変貌していく少年少女たちの心の断片を鮮やかな言葉で切り出した心象風景の集大成とも言える小説。

正直

ストーリーでは「死ぬ」という言葉が出てきますが、これは単純な「命の終わり」を示しているものではありません。
ここで言われる「死」は心の死です。そしてそれを病むのは少年達――一定の基準に当てはめて社会の駒にするために人を作り替えていく過程で削り取られていく心達の事を指していると言って良いでしょう。

上でさも分かったかのように

語ってみましたが、正直この本は溢れ出て、こぼれ落ち、鮮やかな色を持って砕け散る心がそのまま文字として叩き付けられているとしか思えない内容です。もちろんストーリーはありますが、作家・中村九郎の心象風景の描写に圧倒されっぱなしと言った方が良いかもしれません。
正直、読み進めていくうちに理解する必要などない本なのだと思いました。
人が100人いれば100人分の心があり、深淵の様な、壊れた万華鏡のような、おそらく持ち主にとってすら意味不明の集合体である「何か」が存在するだけだと思うからです。そして中村九郎は自分の心を、

  • 不自由な文字に縛られつつも可能な限り翻訳を試み
  • 文字や段落や章に託して散りばめ
  • 今一番正しいと思えるストーリーに当てはめて

読者の前に示してみせた・・・というように受け止められました。

この話は

恋と、思春期の少年と少女の直面する現実を描いた話ではありますが、そういうものを越えて中村九郎の紡ぐ「言葉の美しさ」が際立つ話ですね。
詩集でこそありませんが、一瞬の閃きのような選び抜かれた言葉に時々胸の奥まで光が差し込む様な気持ちにさせられます。

ぼくは時々、お化粧する女の子が獰猛な獣に見えることがある。
何かと戦うために入念な準備をする女性たちに、ぼくは偉大な戦士の横顔を見つける。

ぼくは、自分の名前を一番上手く呼ぶ人を、十六歳にして初めて見つけてしまったらしい。

「人の心も……宝石を紡ぐ?」
「そうさ。ハツ、しっかり生きなさい。感情と共に……心に美しい宝石が育つような一生を」

きっと人は恋をして、たくさんのことを知る。恋をして、生きていく。社会はとても忙しなくて、心を殺さなきゃやってられないけど。でもぼくは恋をすることで心を思い出す。

読む人によってきっと輝きを放つ言葉は恐らく違っているでしょう。雑踏の中で何処かの店から聞こえてきたかけっぱなしの音楽から、一瞬にお気に入りのフレーズを見つけ出した様な気持ちとでも言いましょうか・・・。

総合

星5つにします。
が! 間違ってもお薦めしません。これはきっと読む人にとっては完全な地雷です。恐るべき地雷。
しかし特定の読み手には宝石のような作品でしょう。道端に落ちているちょっと変わった色をした小石のようなモノです。ある人にとっては宝物、ある人にとってはただの石ころ。そういった本です
この「ロクメンダイス、」を書いた時の中村九郎は天才だと思いますが・・・これを読んだ後最新作の「樹海人魚」を思い出して、ちょっと複雑な心境になりました。ある意味において型にはまりつつあるのかな・・・なんて思えたからです。
いずれにしても編集者泣かせの作者でしょう。私なら彼を担当したくありません。どんな風に育てていけばいいのか、どんな分野があっているのかすらも正直分かりません。単なる「エンターテインメント」という言葉でくくれない向こう側にこの文章は存在していると思いました。