鉄球姫エミリー

鉄球姫エミリー (集英社スーパーダッシュ文庫 や 2-1)
鉄球姫エミリー (集英社スーパーダッシュ文庫 や 2-1)八薙 玉造

集英社 2007-09-25
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おすすめ平均 star
star厚み以上に時間の掛かった一冊
star読了後の恍惚感が凄い
star評価が高すぎる

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表紙イラストや口絵カラーの可愛らしさやコミカルさに騙されてはいけません。この話は血だるまエグい系です

ストーリー

輝鉄」と呼ばれる鉱物がある。この鉱石は人の感情に合わせて通常では信じられない程の力を与える事を可能とする鉱石だ。
そしてこの「輝鉄」を文様として鎧に組み込む事によって、鎧に「生身の状態より素早く身体を動かせるようになる俊敏さ」を与えたり「鉄塊を振り回すだけの豪腕」を与えたり、「視覚や聴覚などの全ての感覚の鋭さ」を与えたりする事が出来るようになる。そうした鎧・大甲冑を着込んだ騎士を重騎士と呼ぶ。
王女でありながら大甲冑を装着し、鉄球を振り回すエミリーは「鉄球姫」と呼ばれた。しかも根性悪、尊大、傲慢、そして下品でもある。
そんなエミリーは訳あって辺境に追いやられた立場であったが、彼女の政治的な価値から暗殺者に狙われる事となる。
この物語は、王女エミリーと、彼女に使える忠臣達の戦いを描いた作品である・・・のだが・・・。

まず最初に

とにかく読了感は「あまりよろしくない」というか「かなりよろしくない」。
何しろ個人的にはサブタイトルに「血だるまレ・ミゼラブル(ああ無情)」と付けたいくらいの作品です。・・・いや、貧乏でもなければ無実の罪で追われたりもしませんけどね。
基本的に容赦ない&報われないという展開ですので、ライトノベル的なスカッとサワヤカ勧善懲悪」な展開は期待して読んではいけません
イラストこそ可愛らしく、エミリーも美形ですが、この話はあくまで「政争の駒にされたエミリーと暗殺者の戦い」であって、その辺りのシリアスさは全く慈悲のない展開をしてくれます。
読む人は、要注意。

でもでも

キャラクター達は実に良い味を出している人物が多いですね。
主人公のエミリーですが・・・。

「当たり前だ! 馬鹿者が。お前如きが何年修練を積もうが、妾に勝てると思っているのがあさはか千万!」

尊大。

「命を狙われようとも……。この国が割れて、ヴェルンストに攻められようとも、妾は退かぬぞ。妾は妾自身のため、妾が憂いなく生きるために生きているのだ。それの何が悪い! 生まれながらに持つ地位を生かし、利を貪り、誰に構うことなく、好きなように突き進み、妾の思うままに死ぬのだ。それの何が悪いか?」

傲慢。

「そもそも、妾の夢は酒池肉林だ。幼い日より夢みてきたのは荘厳なる王の夢だ。言っておくが、凄いぞ。若くは十二歳。老けては三十五歳。男どもの魅力を妾が独り占め。ラネーゲン史上初の男子後宮を作り上げるのだ。それが妾の夢であり、神より下された使命!」

下品・・・はもっと沢山見せ場がありまして・・・。

「ははは。何と、淫猥な小娘か。まったくもって淫猥な。いや、淫蕩という言葉の方がイヤらしかったか? はたまた、妖艶な小娘という前後の差異が言葉を強調するというのか!」

「やかましい、破廉恥髭が! 妾に向かって、ウンコとは何事だ! 妾はウンコなどせんわ! もっと、輝かしいわ! 光り輝き、貴様の瞳など焼き切るのだ」

・・・とまあこんな塩梅です。
しかし、これだと傍若無人変態のようですが、まあ半分くらいは冗談でして、忠臣達との円滑なコミュニケーションのための演技・・・の部分もあるような・・・本当にちょっと変態なような・・・いや、ただ単にわがままなだけというか・・・子供というか・・・つまり強くて可愛い変態馬鹿
まあそんな感じです。まあなんだかんだ言いつつも、身近なものにはかなり優しい所のある変態姫ですね。
余りにもエミリーのキャラクターが強烈なので他を紹介している余裕がないという感じですが、エミリー付きの騎士マティアス(「盾」と呼ばれる切れ者だけどスケベジジイ)、同じく騎士アルバート(実直ゆえにエミリーにイジられてしまう好漢)、侍女ジュディ(元気な常識人)、侍女セリーナ(無口だけど有能)などが登場します。

しかし・・・

コメディっぽい展開は前半まで。
後半では容赦なく襲い来る暗殺者(通称「亡霊騎士」と呼ばれる)によって大切なものが奪われて行くことによって、エミリーは過酷な成長を強いられます。一つの結末の悲しみに泣きながら、親しい者達を襲った終りの無惨さに吐きながら、そして自らの愚かさに震えながら。
その辺りのくだりがもの凄く無慈悲に描かれて行きます。正直「悲惨」以外の何物でもなく、少年少女向けっぽい都合の良い救いはほとんど無いと言っていいでしょう。鉄球姫のあり得なさとは対照的に、その辺りがある意味もの凄く嫌な方向にリアルです。

さらに

襲い来る亡霊騎士達も「ただの悪役」のような描かれ方はせずに、「人生があり、守るべきものがあり、友がいて、帰るべき所や未来の夢がある」所がしっかりと描かれます。
その亡霊騎士の中心は二人。マイルズコンスタンス。彼らも訳あって暗殺などという仕事に手を染めていますが、血が通った人間であるところがちゃんと書かれます。
二つの勢力がぶつかり合って、潰し合って、最後に残るのは一体なんなのか・・・何やら「争うことの空しさ」だけが残るような気がしましたね。

総合

むー、星3つ、かなあ・・・。
キャラクター描写などが非常に秀逸な感じで個人的にはとても好きな部類に入る物語なんですけど、いかんせん夢がない。
なんというかあんまりだ。映画の「プライベート・ライアン」とかを見終わった後のような心境になりますな*1
キャラクター描写が良ければ良い程、彼らを襲う悲劇が引き立つ所がまたエグい。前半と後半の落差が凄いというか、どこまで行っても騎士なんて殺し合うもんだって感じですか。そこら辺がなければ十分星4つなんですけど、流石に好みから外れすぎた感じですね。
・・・新人ということですが、新人らしからぬ安定した語り口を持っているのではないでしょうか。実力は十分持っていると思いますので、次回作も期待したいですね。
イラストは瀬之本久史氏ですね。本編内部の白黒イラストも動きがあって実に良い仕事をしたなあという感じですね。時に色っぽく、時に躍動感がある絵を準備してくれています。良いですねえ・・・。

感想リンク

*1:いやもちろんプライベート・ライアンと比較してもしょうがないんだけどね。後味の悪さの嫌さ加減がってことで一つ。