オイレンシュピーゲル(3)

オイレンシュピーゲル 参 Blue Murder (3) (角川スニーカー文庫 200-3)
オイレンシュピーゲル 参 Blue Murder (3) (角川スニーカー文庫 200-3)白亜 右月

角川書店 2007-11-01
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おすすめ平均 star
star恋もストーリーも進んでます

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ストーリー

巨大国際都市ミリオポリス。人口二千五百万人。過去十年の平均銃死傷者が月間たったの六百八十四人ゆえに「平和」とされる都市。
そんな中、国家は深刻な人材不足に対して一つの打開策を見つけた。肉体に障害のある少年少女に機械の義肢を与え、治安維持に利用するというもの。通称——特甲児童。
犯罪者が徘徊し、武装グループが街を吹っ飛ばし、そしてそれを警察機構がさらに吹っ飛ばし、血だるま、血まみれ、血みどろの戦いを繰り広げる平和世界。まさしくくそったれの未来世界で繰り広げられる物語は・・・皮肉な事に命の輝きを描き出します。
犯罪都市ミリオポリスを舞台に繰り広げられる戦う少女たちの物語の3巻です。

時々セリフが素晴らしい

生きろ——生きろ——生きろ。
いつしか、お定まりの言葉を並べ立てる自分の口を無視して、その眼差しで、一人一人に訴えかけていた。運命に、都市に、隣人に、自分に、愛されなかった事実に——殺されるな——生きろ——諦めるな。何かを見つけてしがみついて生き抜け。
希望があるから生きるんじゃない。
生きていることが最後の希望なんだ。

円環少女の場合は「ここは地獄にあらず」という信念、オイレンシュピーゲルの場合は「生きている」という希望が「戦う身体を支える最後の柱」とでも言えば良いでしょうか。
続けてもう一つ。

ああ——と彼女は思った。私たちの中にはいつでも墓がある。誰の中にもそれはある。
この世界で生きるために犠牲になった心を葬る墓が。
けれどもその心は言うだろう。私の墓標に向かって泣く必要などないのだと。それは多くの死者たちとともに、朝の静寂の中に、全ての愛に満ちたものの中に、今もいるのだから——

無くしてしまう事は悲しい事じゃない。
この血塗られた物語から最後の最後で聞こえてくるのは、銃声でも悲鳴でもなく、命の鼓動。派手ではなくて、地味で、すぐ他の音にかき消されて消えてしまうような小さな音。しかし全ての生きとし生けるものに対しての肯定の音。
作者・冲方丁はこのように作品の中を命で彩ります。容赦のない地獄絵図を描き出しながら、読者の魂の底に投げかけるような言葉を紡ぎだす作者に奇妙な共感と——尊敬の念を覚えます。

今回は

2巻とはまた違った構成で、短編3つ+アルファで構成されておりまして、1話:涼月、2話:陽炎、3話:夕霧という形で主人公を切り替えながら話を綴っています。
驚くべき事に、今回はある意味「恋の話」が中心にあったりします。えー! オイレンシュピーゲルで恋話ですか!? と思われるかも知れませんが、その調理方法が絶妙と言えまして、ただの気恥ずかしい恋愛モノに陥っていない辺りがステキですね。気恥ずかしくも笑えない、ドキドキしつつも陽気なままではいられない、そんなさじ加減が実に良いです。
あと・・・彼女達が失っているある記憶にまつわるシリアスで笑えないお話が、3つの短編を繋いでいます。

キャラクターについて

涼月

シュピーゲルシリーズにおいて最もお気に入りのキャラクターですね。
キレっぽくてぶっきらぼう。自分の中の負の感情を持て余しつつも、その自分を肯定しながら前進していく姿がとても好きですね。素直じゃない、素直になれない、素直なんてみっともない、そんなヒネクレ感を全開にしつつも鼻水たらして咽び泣いたり。うーん、可愛い。
とりあえず拳で語れというキャラクターで不良(?)っぽいですが・・・今回微妙な関係が示唆されていた吹雪少年に昔贈り物をした事があるらしい事が分かるんですが・・・どビックリ! だけど「らしいっちゃあらしいか?」と思ってしまえる所が面白い。

陽炎

スナイパーだけど色ボケ、その割にはいじらしくてもじもじしている感じといったら良いですかね?
外見の色気と内面の純真さ&エロさが中途半端にお笑い感で融合している感じが面白いです。ちなみにどーやらBLものの漫画など愛読している模様。部屋は猛烈に散らかっているらしいですが、好きな男の前ではひたすら外面だけでもとりつくろうと努力し、嫌いな相手はひたすら冷たいという小娘。
・・・なんだか陽炎の話を読んでいると、年頃の娘の日記でも覗いているような気持になるから不思議。

夕霧

一番私が理解に苦しんでるキャラクターですね。年中お花畑・・・かと思いきや非常に脳内はシリアス。そのギャップの源泉が一体なんなのか今イチ掴みきれてません。でも今回は・・・ちょっとというか、かなり、可哀想でしたね。
全然関係ありませんが、今回彼女は「国籍不明のこんぺいとうの精の衣装」とやらを身につけたりします。・・・なぜそのイラストがないんだ。

総合

星5つにしちゃうかな?
読み始めるのに勢いがいるんですけど、読み始めてしまえば続きが気になって仕方がない作品ですね。
過酷、残酷、などろくでもない言葉が似合いそうな作品なんですが、それでも上記の引用のように、非常に美しい生命讃歌の作品でもあります。この3巻においてはスプライトシュピーゲルシリーズとの関連もかなり厚くなってきておりまして、両方とも見逃せいない感じです。
ちなみにラストのおまけ話「幸せなら手を叩いて伝説のフルスイング」は「死に至らない悪ふざけ」の真骨頂という感じでしょうか。笑い回路が刺激されます。・・・本編読了後にお楽しみ下さい。
イラストは白亜右月氏ですが・・・個人的な感想では「スプライトシュピーゲル」シリーズを担当している灰村キヨタカ氏よりこの作品世界に合っているような気がしますね。絵が醸し出すエロティックさと生死観が作品世界とぴったりな感じ。まあ不満と言えば上記の通り、こんぺいとうの精を映像化してくれなかった事くらいです