ディバイデッド・フロント(1)隔離戦区の空の下

某氏に「貴様、この本を読まないとお前の陰毛が火の海だ」と言われていたので購入、そのまま積まれつつもこの数日忙しくて本屋に行けない事から「ま、読んでみるか・・・」と手に取った本作でしたが・・・いや、当たりですね。

ストーリー

現在、世界中の人類にとって共通の敵が出現していた。
得体の知れない体躯に能力を備え、突如出現して人類を襲い、そして繁殖する不気味な生物群・・・それを人類は「憑魔(ひょうま)」と呼んだ。
世界各地に突如として出現したこの敵に対して全面的に反抗を行った人類だったが、核攻撃すら含んだ大規模攻撃が、逆に彼らの侵攻速度を加速させる事に気がつく・・・。
そして人類は多大な犠牲を出しながら、現時点で最も「憑魔の侵攻を食い止める事が出来る方法」として有効と思われる方法を見つけ出した。その方法とは「憑魔の出現地点を隔離し、その中に出現した憑魔を適度に殺し続ける」という「消極的、かつ現状維持の消耗戦」だった・・・。
この物語は「ある理由」によって、かつて関東地方と呼ばれた地点に作られた「隔離戦区」で戦う若者達の明日をも知れぬ戦いを描いた近未来ストーリーです。

物語の頭から

ガッツリと読者をつかむ感じが良いですね。導入部分ですっかり引き込まれてしまいました。
本作のサブタイトルにもなっている通り舞台は「現在の関東地方」に作られた「隔離戦区」であって、全ての人間が憑魔と戦う事になっている訳ではなく、特定の条件を満たした人間が有無を言わさず放り込まれる所になっています。
自衛隊? 違う。
徴兵制? 違う違う。
凶悪な犯罪者とか? やっぱり違う。
金に目が眩んだ傭兵? いない訳では無いようだけど、それも違う。
隔離戦区に送り込まれる者は「憑魔に取り憑かれてしまった人間達」なのです。憑魔達は突如空間に出現する事もあれば、人間に取り憑く事もある・・・と、そういう訳です。
で、誰が取り憑かれるかは決して分からず、取り憑かれてしまった結果として待っているのは・・・隔離戦区へ強制的に兵士として送り込まれる・・・という訳です。老若男女は問いません。バトルロワイヤルばりに過酷ですね。

しかし

憑魔に取り憑かれた事は、彼らを「隔離戦区」という地獄においては助ける事もあります。
憑魔自体の存在を察知する一番良い方法が「取り憑かれた憑魔が活性化する事」なのですね。彼らの身体に取り憑いた憑魔は彼らを地獄に送り込むきっかけにもなりましたが、同時に彼らを地獄で生きながらえさせる力の一部となっている・・・そうした皮肉な状況です。

で、物語は

おおよそ二人の主人公の視点で語られます。
土岐英二(ときえいじ:15歳)と宮沢香奈(みやざわかな:14歳)です。
土岐英二は隔離戦区という地獄においても決して絶望せず、人一倍の活力を持ちながら適応し、戦う力を高めて生き続けようとする意思を持った社交的な少年です。
宮沢香奈は隔離戦区の地獄に適応出来ず、上手く戦う事も出来ず、自分に降り掛かった運命に絶望し、怯えのあまり命すら絶つ事を考える引っ込み思案な少女です。
二人は非常に対照的な性格をしているのですが・・・この二人の視点を行きつ戻りつしながらこの物語は綴られます。で、それは結果として大成功していると言って良いのではないでしょうか。
特に・・・実は香奈は英二に対して仄かな恋心を抱いているのですが、それが上手く表現出来ないどころか意識のし過ぎで無口になり、英二は香奈に「自分は嫌われている」とか思わせてしまうくだりは実に上手いです。小隊の他のメンバーには香奈の気持ちはバレバレのようなのですが、その辺りの見せ方も実に良いですね。

この1巻で

描かれるのは土岐英二と宮沢香奈の所属する小隊――イコマ小隊(6名)――が突然大量の憑魔と出くわし、それと局地的な戦いを行うという遠目から見たら非常に規模の小さな戦いを描いたものですが、これが非常にダイナミックに描写されます。
人間側は6名で、敵は無数・・・もう正直無茶苦茶な戦力比なんですが、そこを主人公達は走り回って、なけなしの勇気やら、意地やら、恐怖やらをむき出しにしながら戦います。

主人公二人意外の

小隊のメンバーも一人一人個性的で、物語を盛りあげるのに役に立っていますね。
「イコマ小隊」という名前の通り、トップは生駒陸軍曹で、その下に楢崎二等陸曹羽生二等陸士筒井二等陸士土岐英二二等陸士宮沢香奈二等陸士・・・という構成です。
作品内で活躍するシーンの多いのは楢崎二等陸曹(通称:イチル:女性)ですが、個人的に気に入ったのは羽生二等陸士・・・ですかね。眼鏡のおっさんであまり活躍の機会がある訳ではないのですが、それでも「兵士というより、むりやり連れてこられた一般人」という匂いを強烈に発揮している人なのが良いのです(勇気が無いとかそういう話ではなくて、マッチョの真逆にいるような大人なのです)。
こうしたキャラクターの配置によって、この物語世界が「いかに個人に理不尽な状態を強要しているか」がもの凄く伝わってきます。彼は私と年齢も近いし・・・。

総合

星4つ・・・実際には4.5位かな?
作品イメージとしては「士魂号の出てこない『ガンパレード・マーチ』」って感じで良いと思います。
・・・が、登場人物が少ない結果、一人あたりの描写が深いのがいいですね。キャラクター作りも良くできているので、その辺りも含めて十分楽しめます。
戦場で綴られる少年少女含めた「戦う運命を背負わされた人達の意地と勇気と根性と恋心と恐怖と反抗心と青春と・・・ゴリゴリとした何か」みたいなものが描かれて行きます。全体で見た時、非常に魅力的なライトノベルとして高い水準で仕上がっている作品ではないでしょうか。
イラストは山田秀樹氏です。舞台が舞台なので迷彩服を着込んだキャラクターと憑魔くらいしか出てこないのですが、それでも一枚一枚味のある絵に仕上げていますね。強いて言えばカラーより白黒イラストの方が良い感じです。「宮沢脳内画像」の一枚とか。