空トブ人ビト

空トブ人ビト―青イロ発光ウサギ (集英社スーパーダッシュ文庫 み 2-2)
空トブ人ビト―青イロ発光ウサギ (集英社スーパーダッシュ文庫 み 2-2)三上 康明

集英社 2007-11
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ストーリー

「通信士」と呼ばれる職業がある。
人の手から手へと依頼された荷物を送り届ける事を生業とした職業だ。そして主人公の少年であるハルタはその仕事に夢を見ている無鉄砲な少年かつスケベで、どこの馬の骨とも知れぬ人物である。ただし航空技術に関しては素晴らしい能力を持つ少年。
ハルタの相棒ルパーは大きな商人の跡取り息子であり、なんでも成績優秀と言える若者で、将来有望な空軍に入らずに通信士をやっている。
そして彼ら二人を取り持つように間に入った少女・サヤ。彼女もルパーに負けず劣らずの良い所の出の少女で、治安本部に勤務する真面目でちょっと怖い少女。
そんな将来ある若者達が通称「ラビット」と呼ばれる翼にのって空を駆け、夢を追いかけていくストレートな成長物語・・・だと思ったら意外にシリアス展開をしたりするスチームパンク的作品です。

この作品は

ハルタ/ルパー/サヤ、それぞれの青春と夢の導入を描いた作品と言っていいでしょう。
3人とも立場も能力も性格も全く違いますが、それぞれが見えない磁力のようなもので繋がっていて・・・分ちがたく傍にいます。「見えない磁力のようなもの」なんという風に表現したのは、その繋がりが恋心や友情といった単純なものだけではないからですね。
3人の間には奇妙なバランスがあって、そこには嫉妬や羨望や自虐や失意や信頼や焦り・・・といったものがぎっしりと詰まっているからです。
そして、大人になれば簡単に回避出来てしまうようなトラブルが、歳若い彼らにとって大きな障害となってのしかかります。それは・・・「誤解」という疑心暗鬼です。これが物語に大きな陰を落とします。
その上で彼らは国の中での陰謀劇に巻き込まれて行く事になる訳ですが、その陰謀とどうやって立ち向かったかがポイントですね。

ちなみに

この話の飛行機械は・・・ナウシカに出てくる「メーヴェ」≒「ラビット」みたいな感じでおおよそ間違いではありません。ただし最大の相違点は二人乗りだという事ですね。だからハルタにはルパーという相棒がいる訳です。
ちなみに燃料はファンタジー作品に良く出てくる「エーテル」ですね。内燃機関辺りをもっとつっこんで欲しい読者とかもいそうですが、登場人物の生き様に目がいきがちな私には十分と言える描写量でした。続編が出るとしたらそのあたりはさらに補足される可能性がありそうですが、もし補足があるならあるで楽しみです。

キャラクターが良い感じ

メインの3人がどう感じて、何を信じて、そしてどう選び取ったかがちゃんと描かれる所が良かったですね。

「なあ、俺ってさ……」
店の外に出た。ハルタは言いかけて、その先を言えない。
俺は、邪魔なだけじゃないのか? お前たちにとって俺は、必要な存在なのか——。

後ろ盾も無く、夢しか無いハルタは二人に対して与えられるものが無いように感じ・・・。

「急に、なんですか。まだ通信士を辞めるわけにはいきません。僕はまだ、ハルタに……」
「……あの小僧に、航空技術で勝ったら、すぐにでも空軍へ入隊する——だったか」

エリートであるはずのルパーは、意地と嫉妬と・・・そして尊敬のような感情で塗りつぶされて・・・。

——どうして、お父様、どうして——そんなに私は要らない子どもですか。息子さえいれば、女などは必要ないと——。

鬱屈した気持ちを抱えながらも、それをハルタとルパーに救われているサヤ。

そして

物語の序盤で「謎の存在」として名前だけ出てきた「国際通信士」とは一体なんなのか? といったところまで踏み込んで行きます。
それと、全然関係ないですが、ワニの格好をした登場人物というのも意外性があって良かったですね。

総合

星4つにしちゃうな〜。
馬鹿は馬鹿なりに、エリートはエリートなりに、美しい少女は少女なりに、自分で信じた通りに行動した結果の結末な訳ですが・・・微妙に物悲しいものの、全体として良くまとまっていたと思います。
疑心暗鬼を育ててしまった結果、物語は大きく3人の運命を変えてしまいます。引き返せない程に・・・。
ある意味においてこの物語は「悲劇」に分類出来るのですが、それでも読了感が妙に清々しいのが気になりました。後悔はある、勘違いも誤解もあった。でも「守り通した一線」があったからでしょう。

——我ら、かけがえのない両翼であらん。

物語の根っこに出てくる言葉ですが・・・これが物語に残された最後の一線です。
イラストは大場陽炎氏です。あまり良くないですかねえ・・・イラストのほとんどをキャラクターの顔のアップや、バストショットで埋め尽くしてしまったのはもったいないです。カラーイラストは中々ですが。しかし一番疑問なのはヒロインのサヤだけが本の表紙を飾っている事ですね。この本はどう考えても3人の少年少女の物語でしょうに・・・。イラストの出来以前の問題ですかね〜。