カッティング 〜Case of Tomoe〜

カッティング ~Case of Tomoe~ (HJ文庫 は 1-1-2)
カッティング ~Case of Tomoe~ (HJ文庫 は 1-1-2)翅田大介  も

ホビージャパン 2007-12-01
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ストーリー

高校生の少年・紅条ケイイチロウ。親に捨てられ、自分の存在価値を理解出来ない彼はまるで世捨て人のように日々の生活を送っていた。
彼は叔父の光瀬宗一郎に引き取られ、その家族——母:光瀬美都、妹:光瀬灼——にも愛されていたのだが、その幸せを何故か享受出来ない。向けられる愛情を意図的に無視しているというよりは、なぜ愛されるかが分からないために、受け止められない、そんな少年。
そんな光瀬家に一人の少女がさらに居候として加わる事となった。名前は紅条トモエ。紅条ケイイチロウの妹という事だった。小柄ながらも美しく、また聡明な彼女は学校でも直ぐに受け入れられ、光瀬家でもその位置を確かなものにしていくのだが・・・何故かケイイチロウに対して激しい憎悪を抱いており・・・そして彼女は復讐とも言える行動を開始する・・・。そして背後に見え隠れするさらに醜い大人達・・・。
切り傷だらけの少年少女が送る、不器用な青春物語。

前作とは

登場人物を一新しての続編ですね。世界的には「横」に繋がっているようですが、直接ストーリーに関連はあまりしません。
とにかくこの作品の魅力はキャラクターにあると思いますので、その辺りを中心に感想を書いてみたいと思います。

紅条ケイイチロウ

作者の人は「中二病」という言葉を使っていましたが、個人的に中二病というのを、

  • 「わざと傷を作ろうとしたり、または傷がないのにあるように見せかける行為」

のように認識している私としては、あまり中二病的には感じませんでしたね。確かにそういう印象を持たせるべく書かれているようには感じたのですが・・・しかしどこか普通からシリアスに逸脱している雰囲気を感じました。

ああ、僕に欠けているものは心の受容体だ。幸福と感じる精神の感覚器なのだ、と。
きっと母の血が、あの生命の熱が、僕の心から焼き払ってしまったのだ。当時の僕にとっての幸福の象徴であった母の喪失が、そのまま僕から幸福感を抜き去っていったのだ。

高校を卒業したら、どこか遠い所へ行こう。光瀬家の人々から離れることが、彼らへの一番の恩返しだ。彼らが与えてくれたものが徒労だったなんて思わせてはならない。だからこそ離れるべきだ。
僕は孤独に生きてゆくしかない。僕は孤独であるべきなのだ……

捻くれている訳ではない、反発している訳でもない、しかし何も分っていない。
一言で言えば「違和感」。それが終始つきまとったキャラクターですね。しかし彼が自分のその内面に目を向け始めるようになると、少しずつ印象が変わっていきます。彼はある人に指摘されます。

——あんたは嘘つきだね。それも、この世で一番性質の悪い嘘つきだ。

彼にそう言い放ったのは偶然出会った少女・沙姫部みさき。前作にも物語のターニングポイントで出てきていますね。今回もこの一言から少しだけ状況が動きます。
・・・しかし、残酷な指摘もあったもんですね。正しいのですが、残酷。他人だからこそ出来る心の墓荒らし・・・とでも言えば良いでしょうか。普通はこんな事やっちゃいけません。——少なくとも、相手を受け止める覚悟がなければ。

紅条トモエ

一見普通の・・・いや普通以上に美しく、また聡明に見える少女ですが・・・一皮むけばその内側にはヘドロのような汚れがへばりついている少女です。「優等生の仮面を被った何者か」という事になるのですが、彼女がなぜそのように振る舞わなければならないのかがこの物語の中心にあります。彼女はケイイチロウに対してある時このように言い放ちます。

「あなたは自分を知るべきです。自分の存在の罪深さを実感しなければならない。あなたは間違いなんですよ。無価値どころか、存在自体が罪なんです。ねぇ、そのことを判っていますか?」

微笑みながら言い放つ彼女はその真の姿を露にし始めます。

「私はあなたを認めない。あなたには、何処にも居場所なんてないのよ。どことも知れない真っ暗な井戸の底で、勝手に独りで朽ちていけばいい!」

幼さすら感じさせる真っ直ぐな憎悪です。

この辺りだけ見ていると

単にやさぐれた少年少女のお話になってしまいそうですが、彼らに与えられた数奇な運命がその印象を裏切ります。

  • 自分に価値が無いと切り捨てる少年
  • 復讐にその存在全てを賭けるような少女

彼らの行く末を、じっと追いかけてみて下さい。そしてその再生していく様を見守って下さい。
そうすれば真に責められるべき咎人は全く別の所に存在していることに気がつくでしょう。彼らはその咎人の犯した罪の犠牲者でしかなく、そしてその上で二人して必死で立ちあがろうとしている生まれたての山羊のような存在だったのだ・・・と気がつくはずです。

「傷を舐め合うことは、本当に惨めな事なのか? 誰だって傷を抱えてる。喪失を抱えて生きている。この世の誰もが、その傷と喪失を埋めようと四苦八苦して生きている。けどそれは、傷を舐め合うのとどう違うんだ? むしろ、まったく同じ事なんじゃないのか? だって結局、傷は埋まりっこないんだから」

そう、ここから。ここから彼らの物語は本当に始まるのだと思います。
彼らは埋まらない傷を抱え持ったまま立ち上がり、歩き出します。
これは私の想像ですが・・・いつか彼らは自分の破れた心の中に「消えない虹」がある事に気がつくでしょう。一人では無理かもしれない。でも二人なら・・・その虹を見つける事が出来るに違いありません。少なくとも私はそう信じます。

総合

星5つ。
面白いという風に言っていいのかどうか分かりませんが、十分に楽しめましたね。
こう言ってはなんですが・・・ライトノベルの読者層のど真ん中である中高生には受け入れがたい物語の可能性がありますね。場合によっては痛々しいかも知れませんし、今の自分を見せつけられているようで居たたまれない気持ちになるかもしれません。
なら大人が読めば良いじゃない。という事で成人した人とかに薦めてみたいです。大人は「この物語における咎人の側に立ちかねない存在」として読んでみて下さい。あるいは、傷口を舐め合う事を既に受け入れている人達に、その最初の瞬間をもう一度思い出させるためにも。

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