千の剣の舞う空に

千の剣の舞う空に (ファミ通文庫)

千の剣の舞う空に (ファミ通文庫)

ストーリー

サウザンソードと呼ばれるオンラインゲームがあった。そこで二人はいつも一緒に行動していた。
紅いサムライのタカヒロと、白い少女剣士のアスミは、対戦格闘オンラインゲームでランキング上位を狙い続ける同士。プレイヤーはそれぞれ速見真一真山明日美。実は彼らはクラスメイトでもあったのだが、現実では殆どの接点を持たないまま、それぞれ別の動機でサウザンソード内での最強を目指していた。
そんな二人の前はゲーム内での噂を聞きつける。ランキングトップに君臨しているのは「闇」と名乗るプレイヤーで、ランキング10位圏内に入っているものしか相手にせず、しかし圧倒的な強さを誇るらしい。二人は「闇」との対戦を求めてゲームにのめり込んで行く・・・。
そしてゲームの進行と同時に日常生活でも幾つかの接点を持ち始めた二人。それぞれが抱えた理由。抗いようのない現実。自分に対する不安。過去の自分に対する失意・・・そして曖昧なままの未来。
様々なものを抱えながら、オンラインゲームと共に流れて行く二人の青春物語です。

意外でした

読み始めてしばらくはオンラインゲームを舞台にしたプチ引きこもりラノベかって感じで「オタク的ご都合主義満載の本かな?」って感じの偏見を持っていたんですが(なんかありがちですわな)、全く違いましたね。
主人公で語り手の真一は小さい頃に格闘技の試合を見た事を切っ掛けに世界最強に憧れて空手を始めたものの、怪我でその夢を奪われてしまった少年として描かれます。そしてヒロインの明日美も同じような秘密を抱えています。それは物語の中で徐々に明らかにされて行きます。
彼らがオンラインゲームにのめり込むには現実逃避とも言える理由があるのですが、そこで物語が終わらない所に好感を持ちましたね。

なにしろ

描写が丁寧なところが良いですね。主人公の真一については最初の方でこんな描写が出てきます。彼の非社交的な性格を説明したものですが・・・。

もとから僕はこうだった。物心ついたときからこうだった。小学生の頃からクラスメートと馴染まず、一人であることを好む。そしてその立ち位置に何の不満も持たなかった。何の寂しさも抱かなかった。
あの頃の僕には目標があったからだ。
世界最強。
僕はその言葉のためだけに生きていた時期があった。深い含意はない。そのままの意味だ。
世界一ケンカが強い男になりたかった。
――まだ、僕の世界に色が付いていたころのことだ。

確かに男って子供の頃一度は世界最強という言葉に憧れる気持ちを持ちますね。まあそれがいつまで続くのかは人によると思いますが・・・。
そしてその夢が奪われた時、彼は別の目標をゲームに求める事になったという辺りの描写はかなり丁寧です。世界最強であれば何でも良かったのだという事が書かれます。目的が欲しかったのだという事も、そして生きていることを実感したかったのだという事も。

あの時の事故で、僕は死んだも同然だった。

その灰色の世界から抜け出すためのゲームなのです。逃避には違いないのでしょうが、それでも彼にとっては一歩の前進だったのかも知れません。

そして

現実の明日美との関係も微妙なものになって行きます。
しかし甘酸っぱい展開になる訳ではありません。まるで現実世界の延長のように淡々と描かれる学校生活はあまりラノベ的ではありませんね。もちろんお約束はありますが、大きな逸脱はしません。
しかしそれでも少しの切っ掛けを元にゆっくりと近づきますが、この話は恋愛を描いた作品ではないことだけは間違いないです。どちらかと言えば友情の物語と言えるんじゃないかと思います。
他のキャラクターの描写も丁寧で説得力に満ちていて良かったですね。

ネットゲームという

仮想世界から、現実へ・・・という単純な話ではありませんね。
仮想世界では隠されている「何か」を現実の中で見つけ、そしてそれを心に持ったまままた仮想世界へ。この物語は閉じている様で実はもの凄く開いている物語です。

ああ、そうか。そういうことを繰り返していくんだ。
自分の意思で、踏み込まなけりゃならないんだ。
ネットだろうが、現実だろうが、人の間で生きていく限り。辛くても、痛くても。

ひとりは心地良いか?
ただ強いっていう、それだけで満足か?
僕は強くなりたかった。ただ、強くなりたかった。
でも、今はそれだけじゃ足りない。それが、たまらなく嬉しい。

彼は最後にはこのように思うようになります。

私も昔は

一人で生きられるように強くなりたいと思っていた時がありました。
自分が一人だったから一人で生きられるようにならないといけないと思ったからです。そしてどうやったらその強さが手に入るかずっと模索しました。
論理武装して自己正当化をはかろうとした時もありましたし、とにかく知識をひたすら吸収しようとした時もありました。それを本に求めた時もありましたし、映画なんかに求めた時もありました。ただ、それらのものには「本当らしきもの」は見かけられても、自分にとっての本当は見つかりませんでした。そして見つからないまま無駄に知識だけ詰め込む時間を過ごしました。
しかし、あるとき人の群れに潜り込まなければならなくなった時、その強さがひょいっと向こうからやってきました。それは本当に驚くほど簡単な発見でした。一人で生きられる強さは人の間に落ちていました。そしてそれを見つけた時、私は既に一人では無くなっていました。
必要な時に見つからずに、必要ではなくなってから見つかるなんて、人生は皮肉ですね。

総合

星4つ。
変な自分語りが入ってしまいましたが、まあとにかくそんな事を思い出させてくれる位には楽しんで読んでしまいましたね。
彼らの青春は欺瞞に満ちていますが、それを一つ一つ自分の手で解き明かしていく様は読んでいて楽しい気持にさせてくれます。これは間違いなく成長物語です。舞台は確かに閉じていますが、目をさらに奥へ、上へ向け、そしてその先に現実の自分の足を伸ばした時に見えてくる新しいものがある事をこの話は教えてくれます。
ラストは余りにも綺麗にまとまっているので続編を作るのは中々難しいでしょうが、同作者の次の作品が出たら読んでみたいと思わせてくれる作品でしたね。

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