旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。

旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。 (電撃文庫)

旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。 (電撃文庫)

ストーリー

全てを捨てて旅に出ないか。
そう問われて、即答できる者はどれだけ居るだろう。
でも、僕は答えた。
あの日の情景は写真のように鮮明に記憶に刻まれている。
全てを捨てて旅に出ないか。
そう問われ、僕は是(イエス)と答えた。

全ての人から等しく特定の記憶を奪っていく「喪失病」の蔓延によって、人類は緩やかに滅びつつあった。人の疎らになったこの世界を一台の二人乗りのスーパーカブが走る。それに乗って目的の無い旅を続ける少年少女
そんな二人を中心に織りなす、出会いと別れの物語。

オヤ

これ結構好きですね。
作品の空気としては「風の名はアムネジア」と「ヨコハマ買い出し紀行」を足して2で割ったような作品と言えば概ね合っているような気がします。え、例えがマニアック過ぎますか?
とにかく主人公は少年少女です。これは代名詞ではなくて固有名詞ですね。二人とも本名は「喪失病」によって既に失われてしまっているので、お互いをこのように呼び合っています。なのでこの「少年」と「少女」が主人公の名前です。
・・・変わった作品ですね。

本編は

幕間を挟みつつ進む3編の話で成り立っていまして、それぞれ

  • 「夢」
  • 「翼」
  • 「旅」

というタイトルが付けられています。
少年と少女の二人旅ですから世が世なら完全なる駆け落ちという感じですが、「喪失病」という設定のおかげでそんなシリアスな空気はありません。世界が十分に滅びているから、若者二人の無軌道っぽい旅の一つや二つでは物語が迷走しない・・・とでも言えばいいでしょうか。
しかも主人公二人がなんとなくお固い性格をしていて、男女のお付き合いもしておらず・・・うーん・・・「ちょっと二人で海を見に行かない?」と女の子に誘われた男の子がバイクを海に向かって走らせた、とかそんな印象です。

「彼氏………………だっけ?」
ずい、と少女に意見を求められ、何と答えればいいのだろう。少年は困惑し、顎に手を当てしばしの間思案する。
「……そういう契約を交わしたことはなかったような……気がする」
何とか頑張って返答を捻り出したら、何故か蹴られた。理不尽である。

少年と少女。二人の距離はこんな感じです。

でも

世界は二人の間にある微妙な空気よりもずっとシリアスで・・・人は名前を、記憶を、実際の色を、影を失い、やがて消えてしまう・・・ある日突然に、忽然と。そんな世界を二人は当ても無く走る。「世界の果て」という名ばかりの曖昧なものを求めて。
二人は時に人と出会い、心を通わせ、心を揺らして、心を痛める。それでも彼らは旅することを止めない。それが自分達の存在している証しを大地に刻み付ける作業に他ならないのだと言わんばかりに。
恐らく難しい理由など必要ないのでしょう。喪失病によって自分を縛る全ての束縛から自由になってしまった二人は「旅をする」ただそれだけのために旅を続けているのだろうな・・・と思ったりしました。私も昔、そんな事を夢想した時期がありました。

総合

星4つ。
ユルいようなキツいような独特な空気が作品全体を覆っていまして、そこがとても気に入りましたね。
世界滅亡中の割には、生き残っている人達が色々なしがらみにしがみつきながら必死に日々を過ごしている所がとても良かったです。喪失の物語なのに、再開の物語のようでもあります。
全ての人類に等しく訪れる「喪失病」は、まるで第二の「死」のようですが、この物語に出てくる人々はそれに絶望しているだけでは無かったようです。
よく考えたら誰にだって待っている「死」だっていつ訪れるか分からない訳ですしね。見えない未来に怯えても仕方がないのだから、いっそ自由になった分だけ遠くに行って見ようか? という若々しくて瑞々しい意思がとても良かったです。あとヒロインの少女が可愛いしね!

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