さよならピアノソナタ
- 作者: 杉井光,植田亮
- 出版社/メーカー: メディアワークス
- 発売日: 2007/11
- メディア: 文庫
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ストーリー
音楽評論家の父を持つ少年・桧川ナオは放課後になると一人で打ち捨てられた防音室に潜り込んで、ひたすら音楽を聴き続ける青春を送っていた。
腐れ縁の少女・相原千晶は彼を自分の所属しているバンドに誘おうと五月蝿かったが、特にやる気にもならないままナオは音楽を聞き続けるだけだった。
そのまま彼の高校生活は波風の立たないまま終るかと思われたが、一つの異変が彼を防音室から追い出してしまう。
「六月になったら、私は消えるから」
という謎の言葉とともに突然学校に転校してきた天才少女ピアニストの蛯沢真冬は、全身からトゲトゲとした空気を発し続けていた。オマケにナオのいた防音室を自分の部屋にしてしまい、何故かそこでエレキギターを弾きまくっていたのだった。
ピアニストがエレキギターを? しかも何故か超絶技巧? 理由は分からないがとにかくナオにとっての楽園が無くなってしまったのは事実だった。ナオは何故か縁のある真冬との関係になんともモヤモヤした気分を抱えたまま過ごしていたのだが、そんな彼にもう一つの転機が訪れる・・・。
音楽の蘊蓄と一緒に作られる、青春と再生のストーリーです。
音楽ネタが(特にクラシック)
便所コオロギの学術名と分類方法を記してある位分からない。そらもう本当にさっぱりと言って良い程分からない。
敢えてスパゲッティにしたC++のソースコードくらいに分からない。とにかく分からない。
つまりはチンプンカンプンな訳だけども、読むにはちっとも困らなかった。・・・良く考えてみると意味不明な事を脳内で勝手に補完して納得するのはラノベ読みとかの得意分野な訳です。
と言う訳で音楽ネタは何かの魔法用語だと思う事にしました。どーせ分かんねえしな!
それはともかく
キャラクター造形が非常に秀逸です。
もう読んでいてキレる寸前でなんとか血圧が下がるという展開を何度繰り返したか・・・しかしキレない。イライラはするけどキレる前にそのイライラを解消してくれて、それが次第に快感に変わるという・・・実に巧みなハンドル捌きというか、そんな感じですね。並べていくと、以下のような感じ。
- 主人公の桧川ナオに主体性が感じられなくてまずイライラ。しかし憎みきれない。
- 腐れ縁の少女の相原千晶がウザッたくてぶっ飛ばしたいのだけど、巧みに手からすり抜ける。
- ヒロイン(?)の蛯沢真冬の指の骨の5〜6本も折ってやりたいと思う位にはイライラするんですが、その寸前で可愛い顔を見せたりする。
そういう際どい所を行ったり来たりしている作品でした。
ちなみに神楽坂響子についてはアウトでした。私ならソッコーでブチ込んで(以下放送禁止)。まあその・・・私の場合はどんな話でも人(主人公)をコントロールしようとする存在が苦手なんですよね・・・あと判ったような口をききたがる小賢しいガキも。ま、本題じゃないんでいいですが。
本題にはいりますと
この本は面白い。
なんというか・・・青春時代特有で、その時にしかありえない一瞬に通り過ぎる情念のようなものを感じるフレーズがこの物語にはあるんですね。青臭いけど馬鹿にできない。綺麗過ぎて直視しづらいけど真実の一端がある。そんな言葉達が散りばめられています。
「んー……。壊れちゃったものを直すのは、けっこう楽しいよ? なんでか知らないけど、いっぺん失くしたものが戻ってきたときの方が、みんな嬉しそうな顔するんだよね」
これは主人公のナオのセリフ。彼の人となりというか・・・その輪郭のようなものがうっすらと見えるセリフですね。
「自分が弾くでもないのに、人の演奏のうわっぺりだけ聴いて、あなたみたいにでまかせばっかり」
「どうして。わたしには要らないこんなものが見つかって。あなたの探しものはみつからないんだろう」
これは真冬のセリフ。ある意味実にわかりやすいキャラクターですが、分かりにくいキャラクターでもありますか。
「心臓だ。わかる? きみがいなければ、私たちは動かない」
これは神楽坂響子のセリフ。上手い事言っているような気がするけど、俺なら鰹だしとかに喩えそうだ。
「おまえにはドラムしかないって言われた。ボンゾに言われたらやるしかないでしょ?」
これは千晶のセリフ。それなら仕方がないな。
まあ
こんなセリフばっかり切り出していると青春的熱血感が前面に押し出された作品のように感じますが、ところどころでちゃんと力を抜いてくれるところが気に入りましたね。実は私がこの話で一番気に入ったのが、こうした「ガス抜き」とも言える部分だったりします。
ちなみにそれを担当していたのは名も無きおっさんだったりして・・・。
「少量のゴミならここじゃなくて……って、んんん?」おじさんはつかつかとぼくのそばまで寄ってきた。「それギター? だめだよギター捨てちゃ」
「え……ギターは処理できないんですか?」
「できるけど俺が許さない」
……は?
「ギターは男の魂だからな。B.B.キングが『ルシール』捨てたら哀しいだろ? ブライアン・メイが『レッド・スペシャル』捨てるなんてとんでもないだろ」
なに言ってんだこの人……
「ジミ・ヘンドリクスはギターいっぱい燃やしてましたよ」
「あれは捨てたんじゃないだろ! 燃えてロックの神様のところに昇ってったんだよ! ジミヘンだから許されるんだ。若いのにジミヘンなんて聴くんか?」
確かに祈ってたっつーか、なんというか拝んでたっつーか、邪教の儀式っぽいけどな! 正直ここで爆笑した。
総合
星4つ。面白いね。
とにかく謎の音楽用語が出てきたら持ち前の妄想力でもって程よい感じに納得しましょう。id:sindenさんあたりがこの本をもの凄い勢いで気に入ったとしたら執念で音源を探してきてくれそうな気がするので、id記法とかしみてみた。でも忙しいらしいから無理か・・・。
とにかく難しく考えずに普通の青春・・・というかラノベ的普通の青春が描かれた作品だと思って読んでみるといいかも。ムカつきつつ楽しいという久しぶりな感じが新鮮でした。
ちなみに私は「夕凪」とか「晩鐘」とか「博物館」とか・・・まあ色々好きですが、作者の人はどうなんでしょう?*1
*1:分かる人だけ分かればよし。