<本の姫>は謳う(2)

“本の姫”は謳う〈2〉 (C・NOVELSファンタジア)

“本の姫”は謳う〈2〉 (C・NOVELSファンタジア)

ストーリー

力のある「文字(スペル)」を求めて旅する少年・アンガス・ケネス宛に一つのメッセージが届けられた。「母が倒れた」と。
旅で出会った仲間たちを置き去りにして、<本の姫>だけを持ち、取る物も取り敢えず汽車に飛び乗ったアンガスは一路故郷を目指す。彼にとって悲しくも苦しい思い出ばかりが詰まった故郷へ・・・。
一方、聖域から飛び出した「俺」を待っていたのは大地に根付いて暮らす逞しい人々だった。慎ましい暮らしながら自由と誇りのある大地の民の暮らしに惹き付けられる「俺」・・・彼はそこでアザゼルという名を貰ったのだった。
過去と現在の物語が錯綜して新たな事実を浮き彫りにする。アンガスの過去とは、アザゼルの選んだ道とは、聖域の行く末とは、そして彼らを取り巻く「文字」に絡んだ数々の秘密がゆっくりと解きほぐされていく・・・。
<本の姫>シリーズの2巻。ますます面白い!

いやはや

ちょっと複雑な作りの物語なので1巻では入り込み難かったのが事実なんですが、この2巻は1巻の下地があるのですんなりと入っていけましたね。
特に私の場合1巻読了直後にこの2巻に手を出していますので、1巻でちょっとしか出ていない登場人物もまだまだ記憶が鮮明だったというのもあるとは思いますが、実にスラスラと読めてしまいました。
それから読んでいて楽しさに拍車をかけてくれたのが「俺」ことアザゼルが自由を手に入れて、彼なりに自分の足で歩き始めた事ですね。1巻の時はどうしても「現実に捕われているという閉塞感」がアザゼルの物語にはあったのですが、それが無くなったお陰で爽快感も増しています。
もちろんアザゼルの現実は何もかもが上手く行くようなものではないのですが、彼に吹き込まれた「自由」という風が物語全体を軽やかにしているのは間違いないと思います。

とにかく

見所は沢山あります。
アンガス側の話で言えば、彼の秘められた過去が明かされる大事な話となっています。そして秘密が明かされ、それと真正面から対峙する事になった時、アンガスの少年時代は終りを告げます。
彼の過去は苦悩に満ちたものですが、そんな彼の苦悩を<本の姫>が救い上げます

「『希望』と『絶望』は表裏一体。ケヴィンは自分の夢に押しつぶされた。戦うことを拒否し、己の絶望に負けたのだ。けれどピットも言っていただろう? 夢を呪縛と取るか、希望と取るかは本人次第だと。だからもうケヴィンのことを思い悩むのはよせ。お前に出会い、『希望』に触れたことで未来を見出したものだっているのだ」

未来を見出した者とは一体誰か? その辺りは本で確認して下さい。なに、大したモンじゃありません。能天気なあの人ですよ。でも相手が誰かはこの際問題ではありません。
変わろうとすること、変えていくこと、前に進もうとすること——。それらは全て未知に触れることでもあり、期待に震えるのと同時に恐ろしさから震えるものでもあります。
しかし、両脚の震えが止まらなくても留まり続けた彼の姿を見ることで、アンガスは自分の<現在>の正しさを証明したのでしょう。

そして

アザゼルですが、彼は聖域にいた時と全く違う暮らしを始めます。
精神ネットワークの代わりに「信頼」を。「文字」の力の代わりに大地に根付いた自然の力を信じて暮らし始めます。もちろん特殊な能力を持った彼のことですからそんなに単純な事ではないのですが、アザゼルは持ち前の真っ直ぐさで大地の民に溶け込んで行きます。
聖域では決して得られなかったものを幾つも手に入れながら・・・。
そんなアザゼルが「得られなかったもの」の一つに「恋」があります。

心の底に波紋が広がった。心を震わせる悲しい和音。まるで音叉のように、俺と彼女の感情が共鳴する。
それは孤独。大切なものをなくした悲しみ。
「そうか」
彼女は手を回し、ぎゅっと俺を抱きしめた。
「お前も、そうだったのか」
腕の中に彼女の温もりを感じる。空っぽだった胸腔に、懐かしくも温かいものが流れ込んでくる。今まで感じたことのない安らぎ

彼が恋し、彼に恋したのは大地の民——ラピス族——の歌姫・リグレット。彼女との心の繋がりがアザゼルをまた一歩前に進めることになります。

しかし

不安が増すのですね。
アンガスとアザゼルの物語は時間軸的に交差することはあり得ませんが、それぞれ表面的には違うけれどもどこか決定的な所で同じ道を歩み始めているという印象がこの2巻ではグッと強くなっているからです。
そして、これはなんとなくですがアザゼルの恋は悲恋に終りそうで、人生も悲劇で終りそうな気配が濃厚になってきています。そのためそれをなぞる様に歩いているアンガスの未来にもなんとなく暗雲が立ちこめてしまうのですね。過去との決別、新しい暮らしへの序章、そして恋・・・。

「愛する者のためなら、歌姫はどんなことでもするのですわ。愛する者を守り、愛する者と共に滅びる。それが歌姫の役目」

これは作中で出てくるセリフです。とても情熱的で素敵な言葉ではありますが、こんな死を見据えた言葉はなるべくなら聞きたくない言葉ではありますね。
この本は一人の作家が生み出した単なる架空の物語。でも祈らずにはいられません。どうか、どうかアンガスとアザゼルにいつか心の平安と優しい未来がありますようにと。

総合

星5つ。
アンガスの物語、アザゼルの物語共に読み応えバッチリです。
旅から旅へと過ごしながら過去を振り切るアンガスとアザゼルの物語は1巻と比べてより冒険の色合いを強くして語られる事になります。そしてその物語の根元にあるのは大きな陰謀。ですが二人の主人公には彼らを支える心強い味方——友情と恋慕があります。
とにかく続きが待ち遠しいですね。私はこの物語にすっかり魅入られてしまいました。縦と横の糸が織りあわさって紡がれる物語は精密に計算されて作り上げられたタペストリーの様です。そしてこのままこの物語が進んで行くことを考えると・・・ちょっと期待に胸が震えますね。
でも私もアンガスと同じ様に『希望』をもってこの物語の行く末を見守ろうと思います。

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