スクウォッター 僕と僕らの境界線

スクウォッター 僕と僕らの境界線 (徳間デュアル文庫 こ 4-1)
スクウォッター 僕と僕らの境界線 (徳間デュアル文庫 こ 4-1)佐嶋真実

徳間書店 2008-06-06
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ストーリー

朝香透(あさかとおる)の毎日は高校生になってから穏やかと言ってよかった。気の置けない友達との何気ない毎日。透は天然なんて周りに言われながらも毎日を過ごしていた。そこに一点の染みのような違和感が生まれ出したその日までは。
口の中に苦い違和感が広がる。そして大きくなる異様な気配。何一つおかしい事など無いのに、彼の過ごしていた穏やかなはずの毎日が少しずつ狂っていく・・・彼の知覚の外側で。
しかし、彼の感じている違和感に敏感に反応したものもいた。親友の佐々木日高(ささきひだか)。彼は透に何が起こっているのかなんとなく知っているようだったが、日高はそれを口にしない。しかし透の日常の”汚染”は日々進んでいって・・・そしてある時を境に破綻する。
それは、スクウォッター(不法占拠者)と呼ばれる謎の存在のため。
この話は、透の日常と、彼をとりまく怪奇との戦いを描いた作品です。

シリアスだ・・・

作風は学園異能ものと言えそうですが、それ以上に日常少年少女達が感じている事を切り取って描くのが上手いような気がします。

衣食住にこと欠かず、戦火に怯えることもない。進路を親に無理強いされることもほとんどなく、むしろ夢を持てと奨励される。それなのに、なにかが歪んで濁っている。外の世界から目をそむけて部屋に閉じこもる者、クラスメイトをいじめ殺すもの、理由もなく、ただ殺したいからと、無関係な人間を殺す者——でも恐ろしいことに、透はそういう人たちの気持も、うっすらと理解できるような気がするのだ。

どこまで少年少女の心を写し取っているか分かりませんが、それでも読んでいて何か黒々としたものが心の傍をヌルリと滑り抜けて行くような気持がした文章です。他にも・・・。

時に無関心は、暴力と同じ結果を生む。

「誰が消えたってかまわない。だって、私にとってはそれまでも、いないのと同じ人たちだったんだから」

・・・これ、某事件が起きる前に書かれている作品ですよ・・・? しかし、なんでしょうこの予言じみた内容は。
ある人の存在が何処までも軽く見るようになってしまった時、相手も自分を同じように軽く見るようになっている。深淵を覗き込む者を、深淵が同じように覗き返しているのと同じように。
集団の中で個人の存在がどこまでも軽くなっていったその先に待っているのは・・・人として持ち合わせていなければならないはずの価値観の崩壊。孤独は、いつしか人間性と呼ばれる全てを破壊して獣の世界へと人を埋没させる・・・。
さらには、こんな事も。

大人たちはけっして、自分たちが感じている恐怖と苛立ちを理解することはないだろう。環境問題ひとつとってもそうだ。テレビ番組も学校の授業も、地球が加速度的に滅亡に向かっていることをくり返し、くり返し、見せつける。それなのに大人たちは次の総理大臣が誰になるかとか、どこの会社が合併しただとか、子供から見ればどうでもいいことに大騒ぎしているばかりで、相も変わらず資源を食いつぶし、環境を汚染し続けている。そのあげく、結果を担わされるのは子供たちなのだ。

・・・私はやっぱりもう大人なのでどうこう言える立場ではないのですが、子供の目線で見ればそんな話ばかり転がっているような気がしますね・・・こういう視点で見たことがなかったので、正直新鮮でした。

まあ

話は実際の所そういう事ばかり書いている話ではなくて、アクション中心の異能モノなのですが・・・余りにも心情描写が異端じみていたので、つい色々と引用してしまいました。もしこれらの言葉のどこかに心の琴線に触れるものがあるなら、この本を読まれる事をおすすめします。
キャラクターは上でも触れた透と日高を中心にして物語が綴られます。得体の知れない敵との戦いが中心です。人を狂わせる力、人を殺す力、そうした「人を害する力の満ちた世界」が日常の一枚裏側に存在している世界での戦いです。

救いと言えば

主人公の透の存在でしょうか。自分が傷ついた経験を持ちながら、そこから這い上がった強さを持っているからのように思えるキャラクターです。

「だってさ、高校入って日高たちと会って、ぼくホント、すごい楽しいから。学校ってこんな楽しいとこなんだって、いま、すごい幸せだからさ」

中学時代には友人の一人も居らず、孤独に過ごした日々が透の今を輝かせています。人が傍らにいることの喜び。当たり前のようでいて、当たり前ではなく、まるで奇跡のような現実の価値を透はその身に染みて知っています。その一筋の光が物語を救っています。

総合

星4つ。
上手く本の魅力を伝える事が出来ないもどかしさを今もの凄く感じていますが、とにかく読んでみてください。程よく練られた設定、上手く作り込まれたキャラクター、無理のない展開・・・安定して読ませるだけの作品だと思います。
また、最初こそ変な違和感のある透と日高の関係ですが、物語が進むに連れて良いコンビとなっていきます。・・・変な話ですけどちょっと腐女子の人に受けそうな感じがあるんですけど・・・まあいいか・・・。
ちなみにイラストは「鬼切り夜鳥子」のイラストを書いていた佐嶋真実氏です。どーりで。どーりでなんとなく買いたくなってしまった訳だわ・・・本編内の白黒イラストもいい味を出していますので、その辺りも注目しつつ読んでもらえると良いかなと思います。