ブルースカイ・シンドローム

ブルースカイ・シンドローム (TOKUMA NOVELS Edge)
ブルースカイ・シンドローム (TOKUMA NOVELS Edge)一の倉 裕一

徳間書店 2008-08
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ストーリー

時は未来。人類は僅かな人々を残して滅亡していた。生き残った人々は全て軌道上のスペースコロニーに移住した人たちばかりで、地上は脊椎動物が全て滅んだ星と化していた。
何故ならば、数十年前に起こった災厄によって地上には放射線が降り注ぎ、60億の人間が悉く死滅したからだ。
しかし、コロニー上で生き残った人々は果敢にテラフォーミングを続け、地上への移住計画が可能になる計画を進めていたのだった。
そんなコロニーに暮らす一人の少年がいた。名をロンという。彼は6歳の時にほんの僅かだけ訪れた地上と、そこから見上げる果てのない空に魅了された少年だった。
そしてもう一人、シレンという少女がいた。ロンの幼馴染みでとても負けん気の強い少女。しかし彼女はロンと同じ時、同じ場所で空を見上げた時に命に関わるショック症状を起こしてしまう。それは「地上から空を見上げた時」にだけまれに起こる、少なくないコロニー住人が罹患する不治の病の一つだった・・・。
少年は地上に夢を見るが、少女は地上に行く事は出来ない・・・しかしロンの中の「空」への思いは強くなる・・・。
トクマ・ノベルズEdge新人賞受賞作のSF作品です。

うわあ〜

惜しい。とても惜しいという感じがする作品でした

  • 世界観の構築
  • 全体的に堅実で安定した描写
  • 記号的と呼ばれない程度に分かりやすいけれども何気に奥深いキャラクター達

・・・どれをとっても一流に足が届きそうな水準です。本当ならサービス込みで星5つ付けてしまいたいと思ったんですが、でももう一歩が足りないんですよ。
星を減らさざるを得ないと思ったところは・・・構成です。全体的に・・・ラストの展開のためだけに急ぎすぎている感じが拭えないんです。
個人的には第五章の「真実」を丸々削って、エピローグを第四章の後に付け足して、あとは5章のための伏線を削って別のエピソードを付け加えてくれれば*1、もっと1冊の本として楽しさが上がったんではないかと思うんです。

つまり・・・

全体で見渡した時にラストの「真実」の章のための伏線描写が浮いて感じるんですね。
これは想像でしかないですが、1冊での完結・・・というよりは「この1冊で物語世界に存在している謎の全ての解決を目指した」ために展開が性急になっているという気がするんです。
だから、惜しい。とても惜しい。この本は2冊に分けて話を作れば良かったんじゃないかと思うからです。1巻はコロニー編、2巻は地上編みたいな感じで。
急いだ関係で地上の描写が弱くなってしまっていて、ちょっと細かな風景描写や情景描写が足りなくて説明不足でもったいないと感じる部分がありましたし。それと、登場するサブキャラクターたちも魅力的な人が多かったので、もう少し活躍する機会を与えてあげたかったという気持ちもあります、でも仕方ないですね。
もし1冊での完結を言われていたのであれば、すっぱりと地上でのトラブル関連のプロットを捨てるなりして再構成した方が良かったと思います。

しかし

ここまで色々書いてきましたが、その「構成の難」以外では新人とは思えない完成度・・・というか読ませます。
キャラクターも魅力的ですし・・・ちょっと主要なキャラクターのセリフを抜き出す形で紹介してみようと思います。

まずはロン

シレンがいかないなら、ぼくも行かない」
「え?」

空をみて死にかけてしまったシレンをみたロンが言った幼い日の誓い。そんな誓いを彼は何年も覚え続けていて、迷います。

なんでこんなに気になるのか。六歳のときに勢いで『行かない』と言っただけじゃないか。しかも、シレンははっきりと『約束を憶えてない』って言ったし。ま、このセリフ自体が実際にはシレンはずっとロンの言葉を憶えていたって事を告白しているようなものであるが、それでもう、けじめはついたはずだ。

空への憧れ、何故か反故にしたくないシレンとの約束、どうしてシレンが気になるのか、何が自分とシレンの本当なのか、ロンは朴念仁ながらもなんとかその謎に近づこうとします。時にもの凄い行動力で。

「結婚、しよう」
「へ?」

唐突な男だなあ・・・。こんな何考えてるのか自分でも分からないような男を相手にするんなら、女の子の方がしっかりするしかないよなあ・・・なんてしみじみ思ったりして。

それとシレン

「部屋のスペアキー、よこしなさいよ」
広げた右手を突き出しながら。
「なぜ?」
訊ねるロンにシレンは当たり前のように答えた。
「幼なじみなんだから当然でしょ」

なんだか妙に堂々たる態度です。

「あ、そうそう、別にあんたが好きだからこんなことしてるわけじゃないから。これ以上情けない奴はみたことがない幼なじみを一人で行かせるのは心配だから、ついていくんだからね、勘違いないしないように! 以上」

正統派とも言えるツンデレです。
でもただのツンデレとも言い難く、知恵と自信と気合いと行動力を持ったツンデレですね。ロンにムチャを言って引っ張り回すのなんて当然、喧嘩上等、命令違反上等。とにかくそんな感じで容赦というものを知りません。
でも、

「しょ、しょうがないわね、じゃ、じゃあ、い、いいわよ!」

まあこんなセリフも用意されているので、もちろん可愛いんですけどね。

この

二人を中心にした物語が綴られるのですが、でも何故かロンには物語が開始した時点でリオンという素敵な彼女がいたりしてですね・・・。あれ? ロンとシレンがイチャイチャしてる話なんじゃないの? と簡単に思ったりしちゃいけません。
リオンはまるで姉弟のような緊密な繋がりを持つシレンとロンを横目で見つつも、ぴっとりとロンにくっついたりして自己主張をする強者です。

「ロンとシレンの間に割って入ろうなんて、誰にもできないのかもね。でも、自分にはできるってまだ思ってる」

とか思っている位ですから、

「わたしの部屋へ、来ない?」

なんて頬を赤らめつつ言ってくれたりします。
とにかくですね、シレンとリアン・・・二人のヒロインに共通している要素とは「行動する娘」だという事ですね。
欲しいものを手に入れるために手をこまねいて待っていたりしない・・・時には策略を巡らし、時には演技をし、それでいてさりげなく、それでいて効果的に、目的に向かって邁進する自力を持った少女達なのです。その辺りの性格設定については生っぽいというかリアルでとても良かったです。王子様を待っているだけの女性なんて今の流行じゃありませんものねぇ。
ちなみにリオン、実は凄く・・・です。俺なら確実にアレで落ちる。絶対落ちる。このシーン、ちゃーんとイラストになっていますので確認して欲しいですね。さて、何人耐えられるかな?

総合

星・・・4つなのです。
減点の理由は上で書きました。でもこの作者を応援したい気持ちもありますし、楽しくて一気読みしたのも事実ですのでこの星ですね。
地上に降り立つロン、ロンと一緒に地上に行くことの出来ないシレン、一歩間違えば命の危険もあるロンの任務、地上に残された幾つもの謎、シレンの残るコロニーに迫る危機、そして世界の根本にある疑惑・・・ま、詰め込みすぎですし、ラストシーンは性急だとは思いますが、それでも全体として楽しく、テンポ良く読ませてくれるたのも事実ですね。
しかし、ここ最近でここまで惜しいと思った作品も珍しいですよ。SF風味の作品が好きで、余裕のある方は是非読んで見て下さい。この「惜しい」感・・・。ああ、リライトして欲しい・・・いや俺がリライトしてやろーか!? なんて思ってみたりして。
まあタワゴトはともかくとしてですね、新人でこの出来なら今後の作品は大いに期待できそうではありますね。うんうん、上手く経験を積んでいけばとても良い作家になりそうな気がします。「サブキャラクターまで魅力的に書けるライトノベル作家にハズレなし」ですね。
そうそう、NA2氏のイラストの出来も非常に良いですよ。カラーイラストが表紙の一枚しかないのが残念ですが、それ以外については全く不満がありませんね〜。

感想リンク

*1:例えばロン、トーレン、ギアンの地上での任務とか、シレンやケビンのコロニーでの活躍とか、リオンとシレンの恋の鞘当てとか。