under(2)異界イニシエイション

under 2 (2) (電撃文庫 せ 2-2)
under 2 (2) (電撃文庫 せ 2-2)瀬那 和章

アスキー・メディアワークス 2008-09-10
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ストーリー

行方不明になっていた兄と関わることによって自分も日常の裏側に潜む死の先にあるもの――「異界」に関わることになった高校生・霧崎唯人(きりさきゆいと)。彼は兄に関わった事件の収束後も異界と関わる入り口となった「月士那探偵事務所」で働き続けていた。もちろんただの探偵としてではなく、異界と相対する者として。
そんなある日、事務所は一つの事件の解決を依頼される・・・それは「異界」が関わっていると思われる正体不明の事件。今度の事件は街の中に残された死角――エレベーターを舞台にしていた。
しかし、そんな事件を前にして唯人の足は竦んでしまう・・・。彼は「異界」の毒――外からの悪意と内なる恐怖――に触れてしまったのだった。
自分を見失いそうな唯人をよそに事件は犠牲者を増やしていき、その裏側に潜む陰謀が姿を現し始める・・・。死んだ魂が向かう先である「異界」を舞台とした異能バトルの2巻です。

あ〜

良くなりましたね、この作品。
テーマがどうとか、ネタがどうとかなんか色々思いつくような気もするんですけど、そういう細かいことを抜きにして、作品を覆い尽くしている作者の「意志」みたいなものを感じるんですよね。特にこの2巻ではそれを強く感じました。
それは・・・「とにかく真面目」って感じです。とにかく真面目に作品に向き合っているなという感じがジリジリとするんですよ。脂汗を流しながら一文字一文字打ち込むのはプロだったら当たり前の事なのかも知れませんが、それ以上に

「今持っているものを全部出し切って、それで勝負しよう」

という感じが強くしたんですよね。あくまで個人的な印象ではありますけど。
それはひょっとしたら「クリエイターとしての本体」を削るような作業で、長生きできる創作スタイルでは無いのかも知れませんが、私という読者にとってはとても好ましく見えましたね。どの位好ましく思ったかというと――登場する悪役すら好きになれそうな位に好ましかったです。

話の筋は

簡単に言えば「唯人の挫折と復活」という事になるのでしょうが、そこまでの進め方がとても好ましいですね。

「俺は、なにもできなかった。最近、思うんだ。異界に関わっておかしくなった人たちを見て、異界は、人の悪意を増殖させる場所なんじゃないかって。俺なんかが異界使いになってよかったのかって。自分もいつかそうなるんじゃないかって」

彼は――異界、そして人の中にある恐怖に取り付かれます。そして一度挫けてしまった心を、一度萎えてしまった勇気を、どうやって再び蘇らせて、魂に火を入れるか。それが事件と平行して語られるテーマです。
ある意味とてもシンプルで青春時代には誰でも一度は出会うことがありそうな場面ですが、それを「異界」の物語に上手く組み込んでいるという印象があります。
もちろん彼は一人で立ち直る訳ではなくて・・・色々な人の支えがあってのことなんですが、それでもやっぱり頑張ったのは唯人なのですね。うんうん、個人的にはなんとも生々しく感じて読んでいて痛いところもあるんですが、でも良くも悪くも素直な主人公には好感を持ちますね

まあ

欲を言えば「異界」の描写についてはもう少し頑張って欲しかったという感じはします。
本文に、深く深く「異界」へと潜っていく描写が出てきますが、そこでもう一踏ん張り欲しかったとでも言えばいいですかね。なんというか――「異界」そのものは充分に不気味でおどろおどろしい。でも、文体が綺麗なままなのがいま一つ・・・といった感じでしょうか。
うーん、上手く説明できる自信がないんですけど、「作者の頭の中に『異界』のおぞましさが実在するのであれば、それを観測する読者も、そのおぞましさに直接触れられるようにしなければならない」ような気がするのですね。
そうですね・・・例えば、この本を読んでいるうちに、本に焼き付けられたインクの黒が溶け出してきて・・・読者を覆い尽くす異界の泥濘になってしまうかのような・・・そんな読了体験を読者に与える努力を作者の人にして欲しいとか思ったのです。
もちろん今でも色々な努力をしているのでしょうが・・・もっと欲しいです。もっと孤独で渇いた深淵が。もっと陋劣で汚濁に塗れた深淵が。もっとおびただしくて途方もない深淵が欲しいです。異界の途方もない深さとはそういったものではないのでしょうか?
・・・いや、贅沢言っているのは分かるんですけどね?

まあ

無理難題を言うのはこの位にして、良かったところももう一つ。
エレベーターですけど・・・前作のコインロッカーも良かったですが、これもまた良いところに目を付けたなあと思いましたね。狭くて、暗くて、不安定で・・・孤立している舞台を上手く都会の中から見つけたという感じはします。
本文の中で、

「でも……エレベータって怖いよね。一人の時もそうだけど。男の子にはわからないかな。知らない男の人と二人っきりになった時とか、とても怖いんだ」

なんて語りがあるんですが、これは私も分かりますね。
うらぶれた雑居ビルでポッカリと口を開けている古びて薄汚れたエレベータの入り口が、時々不気味は怪物の口のように感じる時があるからですが・・・。個人的には気持ち良く(?)怖いところを突かれた感じがします。

総合

星4つですね。
主人公含め、月士那灯香、蘭不、秋雨芥太郎、都狩レム、都狩ノイン・・・それぞれにちゃんと見せ場も用意してありましたね。
それに、小さな子供は小さな子供の、少年少女は少年少女の、そして大人は大人の立場でそれぞれの物語を見せているので、多面的に物語を見せてくれるところは良かったですね。キャラクターも上手く生かせていたと思いますし。ラストシーンの締めも良かったです。
ああ・・・そう言えば次の話への伏線も張られましたから多分3巻は出るんでしょうかね。神楽坂康安とやらが本筋にどう関わってくるのか、その辺りも興味があります。蘭不の持っている秘密もおおかた明らかになりますし、それも読みどころの一つですね。
ところで、本作で一カ所、とっても傷ついた箇所があります。それは実はあとがきでして、

子供の頃、大好きだった絵描きさんのホームページがありました。

俺が子供の時なんてインターネット環境そのものが普通に無い・・・つーかパソコン普通持ってない・・・あってもハードディスクが普通に無い・・・モデムはあっても外付け・・・そんな時代でした・・・。
そう言えば本編内の映画ネタで最近の映画を「結構昔」とか書いてあったし・・・ううう、ジェネレーションギャップ・・・。

感想リンク