とある飛空士への恋歌

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)

ストーリー

戦争が過去のものとなった。しかし、人の営みは変わらない。
大瀑布を挟んで睨み合う国々は過去の愚行を繰り返すつもりこそないものの、相も変わらず互いを睨み合う関係のただなかにあった。そこに彼らの関係に一石を投じることになる一つの大きな発見と、一つの巨大な遺物があった。
伝説上の存在であるとされていた海の吹き上げる場所——聖泉の実在が探検家の手によって確認されただけでなく、空を漂い彷徨う巨大な島が発見されたためだ。一つの発見は人々に「世界の果て」を想像させる夢と浪漫を与え、一つは各国の力関係を崩しかねない戦略的に重要な存在となった。
そしていまその浮遊島・イスラに向かい、新しい翼がはためく。それを操るのは年若い飛空士・カルエル。かつて皇国の皇子だった彼は、革命の嵐の果てにだたの一人の少年となっていた。革命の旗印であり、彼の大切な人を奪っていったニナ・ヴィエントに対しての炎のような憎しみを胸に抱えながら。
しかし、運命の皮肉は人々の上に新たな風を運んでくる。争いによって狂った運命、多くの人に狂わされた運命がまた一つ、数奇な物語を大空へと運んでくる——。
あの「とある飛空士への追憶」の続編となる作品です。

柳の下に

二匹目の泥鰌はいるか——?
・・・という期待半分諦め半分の気分で手に取ったんですが・・・いやいや、この話は完全に新しい物語として楽しむことが出来ますね。上にも書いた通り、戦争をやっていたのは昔の出来事になっている時代がこの話の中心となっているからですが。
しかし、それよりもなによりも感じたのは犬村小六の物語への引き込み方の上手さ、でしょうか。もちろん前作があったからこそ期待して読んでしまうと言うのはあるでしょうが、それより何より「先を読みたい!」という気持ちにさせるのが上手いのですね。

——母上。見ていてください。あなたを家畜として扱った、あの憎い敵へ復讐します。
——あなたが受けた屈辱を、そのままあいつに与えますから。
——それでどうか、心安らかにお眠りください。

主人公であるカルエルの焼け付くような憎しみで物語の序盤を彩ったかと思えば、そのまますぐさま過去の回想シーンに入るあたりの構成も見事と言えるのではないでしょうか。

また

キャラクターの見せ方も上手いですね。
追われた皇子であるカルエルの幼い時代の光から影への墜落を悲劇たっぷりに描いたかと思えば、彼をただの復讐鬼にしないために闇夜から浮かび上がらせるようなその後の生活を描き出す。これが主人公であるカルエルに奥行きを与えています。
また、周囲を固めるキャラクターも味わい深くて、読んでいるだけで楽しいんですね。カルエルと同じような重みを持って描かれる彼の義理の妹・アリエルも良ければ、ライトノベルとしては珍しいことに彼らの父となるミハエルも職人気質の度量の深い大人の男として描かれるところも好感触です。
こうした物語周囲の舞台を上手く描いていまるところは、流石と思わせるものがありましたね。

しかし

話を最後まで読んでみれば分かるのですが、この話は実に皮肉な作りになっているのですね。

——そうでしょう、神さま?
くそったれの神さま。なにを問いかけても答えてくれないくせに、天の玉座にふんぞり返って鼻くそをほじりながらただ試練だけを投げつけてくる残酷な神さま。

私は確かにその「残酷な神」がいることを感じています。悲劇はあちこちに転がっていて、そしてその天秤はどちらに傾くか分からない。果たして運命は——いやこの物語は、一体だれにとって一番残酷な役回りをさせたのでしょうか。

総合

星4つですね。
前作では見事な構成を一冊で見せてくれましたが、今回はこれ一冊で完結しませんし、まだまだ顔見せしかしないキャラクターもいます。それがメインキャラでもいたりするから、流石に5つ星を与えるわけにはいきませんね。面白いことは面白いのですが、やはり締まりきらないのは事実です。
しかし、否応でもこの物語に対しての先が気になってしまうのでこの星は固いですね。星5つにはなりませんが、期待はずれな出来でもないのです。カルエルが魅力的なこともさることながら、もう一人の主役となるであろう(敢えて名前を伏せておきます)人もやはり魅力的ですし・・・おすすめな作品であるのは間違いないですね!
しかし・・・またしても王道、しかし刺激的。ありふれたと言ってしまえるような大筋を持った物語をこうまで魅せる作品にして持ってくるとは・・・いやはや、感心してしまいますね。その一点については完全に脱帽、ですかね。

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