“文学少女”見習いの、初戀。

ストーリー

文学少女”である天野遠子が学校を卒業し、また新しい季節が訪れる。それはつまり、ひとつの変化の訪れをも意味していた。
聖条学園に入学した日坂菜乃は、正式に学校に通い始める僅か前に、一人の少年が学園で慟哭する姿を目撃していた。そして、それ以来その少年の事が忘れられずにいる。
彼は、誰だろうか? どうしてあんな風に涙を流していたのだろうか? 様々な疑問と胸に渦巻く今までに感じたことの無い情動を抱えながらも菜乃は学園に通い始める。そしてそんな矢先、菜乃はその少年を見つけてしまった。ほっそりとしたその少年の名前は——井上心葉。自分の心を持てあましていた菜乃は、彼が文芸部の人だと知ると、とっさに走り出してしまっていた。

「い、一年二組の日坂菜乃です……っ。わたしを文芸部に入部させてください! わ、わたし、好きなんですっ! 本が」

この物語は、あの文学少女が去った後の人々の姿を描いた作品で、言わば蛇足であるはずなのだけれども——。

つらい

というか。
辛いの一言で済ませてしまっていいのかどうかも分からないのだけれども、胸が痛い。誕生と滅びとを同時に一枚のカンバスに描き出している美しい一枚の絵に見入られてしまったときのように、胸が痛い。
かつて通り過ぎていった物語があるのであれば、同じように新しく始まる物語があるというのは、誰でも知っていることだと思うし、それは当たり前で当然で普通でなんの変哲もないことだと知っているのに、それを読み進める胸はどうしようもなく締めつけられた。

僕は

二つの視線が自分の中に存在することを、この物語を読み進めながら気づいた。
一つは、既に巣箱から巣立っていってしまった若鳥を眩しく、そして少し寂しく想いながら見ている視線と、まだ巣箱から飛び立つことが出来ていないひな鳥を愛しく、同時に悲しく想いながら見ている視線だった。
そしてまた無性にこの世の条理に嘆きをぶつけてしまいたくなる気持ちも・・・。どうして若鳥は暖かく安全な巣箱を離れて飛び立っていってしまうのだろう? 何故今この瞬間の美しく汚れを知らないひな鳥のままでいてくれないのだろう? 
——時よ止まれ。成長という言葉に隠された腐敗よ消え去れ。
まるで父がすくすくと育ちゆく娘に向ける視線のように、嬉しくも切なく、喜びに溢れながらも悲しみに包まれるような気持ち。なぜ、人は変わっていこうとしてしまうのだろう? なぜ、荒波に自ら漕ぎ出していってしまうのだろう? なぜ、汚れると知りながらも駆けだしてしまうのだろう?

こんな気持ちにさせるから

どうしても文学少女シリーズは読み始めるのに勇気がいる・・・今回も買ってきてから随分と長く放置してしまった。
それでも惹きつけられてしまうのは何故だろう? 分からない・・・でも恐らくは、美しくて醜い命のその姿が文字に焼き付けられているからに違いないからなのだけど・・・読み進めるのに力が必要だった。
時は無情に流れゆく。誰も彼もが変わっていく。その姿が眩しくて目を塞ぎたくなる。でも見てしまう。そして願ってしまう。「いつまでも変わらずそのままでいて欲しい」なんて、都合のいい戯言を。
いや、あの最終巻の最後の瞬間のままで留めておいてくれれば、せめて幻想の中でだけはその都合のいい嘘を実現できたはずなのに、この物語はそれを許してはくれなかった。確定した未来から幻想するせめて優しい過去を許さなかった。
彼らはまた傷つき、また苦しみ、そしてその分だけ大人になっていくのだろうか。でも何故、作家である野村美月は読者である我々に優しい嘘の余地を残しておいてくれないのだろう?

総合

残念ながら星5つ。
どうしても何かを感じさせられてしまう作品に対して、低い星を付けることは僕には出来なかった。例えそれが自分にとって望ましくない展開を孕んだものであっても、心の奥を突かれてしまった物語を軽くあしらうことは出来なかった。
正直ここに書ききれないような灼熱の想いがあるのだけれど、それをこれ以上上手く言葉に出来ないというのが今の率直な気持ちと言っていい。沢山の「何故」が頭の中を飛び交っているけれども、それはきっと、言葉にしない方がいい類のものなのじゃないかと今は思っている。

感想リンク