神様のメモ帳(4)
- 作者: 杉井光,岸田メル
- 出版社/メーカー: アスキーメディアワークス
- 発売日: 2009/07/10
- メディア: 文庫
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ストーリー
部屋からネットを通じて世界に深く潜り、残酷なまでの事実を掘り出して、死者の言葉を代弁する。そんな自称ニート探偵のひきこもりの少女・アリス。そしてそのアリスの助手という奇妙な立場に収まっているやはりニートな少年・藤島鳴海。彼らは街の片隅の「ラーメンはなまる」の側で小さく目立たず生きていた。
そんな折り、あの通称四代目率いるグループ・平坂組が一組のバンドのプロモーションを手がけることになり、その広報担当として鳴海は引きずり出されることになった。
大きな仕事に沸き立つ平坂組と、いつのまにか音楽イベントを盛り立てることに没入していく鳴海だったが、事態はそう簡単には進まなかった。平坂組の仕事を妨害するものがいるのだ。しかも平坂組と同じように、暴力の匂いのする方法で。
その事実と平行して、鳴海は一人の危険な匂いのする若者と邂逅することになる。まるで運命に導かれたかのように出会ったその若者は錬次といった。しかし、その出会いは鳴海と四代目に大きな転回点を運んでくることになる・・・。
不器用すぎる程不器用なのに、優しい。そんな少しだけもの悲しい若者達の姿を描いたシリーズの4巻です。
不思議な事ですが
一通り読んだ後に思ったんですけど、この本のどこが魅力なのかよく分からないのに、面白いということですね。
ライトノベルにありがちな売りと言えば、聡明で天才だけど天然入っているアリスのイノセントな魅力がもちろん光るんですが、それだけで本一冊埋まっている訳ではないし、いや、どっちかと言えばこのシリーズは少年向けライトノベルとしては珍しい位に男密度が高い本なんですよね・・・まあその分アリスが目立つというのもありますが。
「……ぼ、ぼくの生涯、最大の危機だった……広がり続けるサハラ砂漠や大地を失った皇帝ペンギンや空爆の続く中東、救えなかった世界中の悲しみが脳裏によぎったよ……」
「走馬燈回してないで自力で出ろよ。洗濯機で溺れるなんて聞いたことないよ!」
「ぼくの腕力を考慮したまえ、あんな体勢で体重の半分を持ち上げられるわけがないだろう」
なんでえらそうなんだ。
アリスは鳴海絡みの場合、その一挙手一投足が実に可愛らしくなってしまう所がありますが、そういう魅力だけじゃないんですよね・・・いや本当に。
この不思議さは
主人公であるところの鳴海の持っている奇妙な求心力というか、魅力に多分原因があるんでしょうね。
自分一人では何も出来ないどころか、時として事態を悪くしかねないような少年でありながら、どこかで人を――読者を含めて――惹きつけてしまうところがあるんですよね。
何故なんでしょうね? ・・・ふと思ったんですけど、鳴海は読者である私たちが「こうなりたいと願っている」大切な何かを持っているのかも知れませんね。そしてそのために彼は学生でありながらニートのようになっているのかも知れません。
多分・・・多分ですが、それは「優しさ」と呼ばれるものなのじゃないかと思います。自分を傷つけてまでも他者のために何かをしてあげたいと願う心。きっと多くの人たちが見て見ぬふりをするような汚れた捨て犬にまで、鳴海は手を差し伸べてしまうのではないでしょうか。それがきっとアリスを、四代目を、あるいは他の面子を魅了しているような気がします。
ところで
本編ですが、今回は本当に野郎臭さ全開で進みますね。
というか四代目含めた野郎共の馬鹿らしくもおかしくて真面目な魅力で作品が埋め尽くされています。でもそれがとても心地良いですね。いっそ清々しい程にある種の「媚び」を捨て去っているのに作品がライトノベルとしての魅力を失わないというのは、凄いことではないでしょうか。
ミステリーのようでミステリーではないし、青春群像劇と言えば言えなくもないですがそれだけでもないし、まばゆいような少女達が出てくるような作品でもない。でもどこか身近で、気を引かれる・・・。
この作品には少年だったらきっと誰もが昔通り過ぎてきた「路地裏の匂い」がしていますね。懐かしくも薄暗く、少し怖くてでも優しい、少年達のたむろする路地裏の匂いです。それがきっと心の琴線に触れるのでしょうね。
総合
星4つですね。安心できる程に面白いです。
新しく語られる物語でありながら、既に約束されていた物語とも言える本作を越えて、また鳴海は少しだけ何かを手にして、何かを失います。いえ、一見失われたように見えるそれも実は少しも失われていないのかも知れません。鳴海がどういう選択をして何を見いだしたのか、それぞれ手にとって読んで知って欲しいと思います。
ところで毎度のイラスト担当の岸田メル氏の仕事ぶりには頭が下がりますね。表紙イラストの美しさもさることながら、本編中の白黒イラストも手抜きと思えるところが全くありません。岸田メル氏がこのシリーズの陰の立役者であることは間違いないですね。うーん素晴らしい・・・。