さよならピアノソナタ encore pieces

ストーリー

フェケテリコ、という名前のバンドがある。
かつては4人で、そして今は2人で音楽活動を続けている人気バンドだ。4人のうち2人のバンドメンバーはそれぞれの理由からバンドを脱退した。しかし、彼らの物語がそれで終わるわけではないし、バンドが形を失うほど崩壊したわけでもないし、かといって2人の抜けた穴が埋まるわけでもない。そうしてフェケテリコの今があった。
ナオ、真冬、響子、千晶、それにユーリ——その一人一人のなかにそれぞれの姿でフェケテリコは今も存在する。翼が失われても飛び続けるフェケテリコ——クロウタドリ、あるいはブラックバード——のそれぞれの今と未来を描き出す一冊。「さよなら」という別離をタイトルに背負ったまま、どこまでもむず痒い青春と音楽の煌めきを描き出した一冊。
あらすじにある通り「珠玉の」短編集であると同時に、最終刊でもあるこの作品が、ファンのアンコールに応えるようにして、本当に最後のカーテンコールの幕を開けます。

久しぶりに

余韻の残る良いものを読んだ、という気持ちがありますね。
読書中と読了後のこの感じは結構久しぶりの感触です。ページの制限の厳しい日本製のライトノベルではまずあり得なくて、有名で人気のある海外ファンタジー作品でしか見られないような、しっかりと描ききられた「旅の終局の物語」を噛みしめているような気分ですね。
ある意味ではどこまでも蛇足でありながら決して無駄にならないどころか、物語の回帰する先として絶対に欠けてはいけないものとでも言いましょうか・・・矛盾した物言いなのは分かっていますが、そうとしか言えないような物語の部分です。それを一冊かけてこの本では実現しています。それが読んでいて独特な余韻を残してくれたのだと思います。

この一冊の中には

さよならピアノソナタ」の中で読者の全てが経験した時間の先があります。
フェケテリコのメンバー一人につき一編の短編が用意されているような形で、彼らの曖昧だった未来が少しずつ埋められていきます。それは終わったと思われた物語の先を読める楽しさと、想像の中にしかなかった不確定な未来が固まっていく寂しさとでも言うべきものを感じさせるものでした。
結果として物語全体の色調は今までの作品よりシリアス寄りに感じましたが、それでももともと持っていた味わいはそのままにきっちりとストーリーが綴られていくことになります。作品の中にはそれぞれ少しだけ歳を重ねたナオ達が出てきますが、違和感らしい違和感などまるで感じませんでしたね。その辺りの表現は上手いと思いました。
・・・ま、個人的にはもう少し大人っぽく描写しても良かったような気がしなくもないですが、まあその辺は気分の問題ですかね。

いやあ

しかし改めて思うのは、登場人物一人一人の魅力的な事でしょうか。
誰を切り口にした短編でも揺るぎなく面白いんですよね。型にはまっているようではまっていないキャラクター達がそれぞれ見せてくれる表情がとても良い味を出しています。
それと同時に話の進め方というか作り方も上手いんじゃないかと感じましたね。音楽と人生を上手く掛け合わせているのはもちろんですが、それ以上に目立たない細かい配慮の積み重ねが作品全体の快指数を上げているとしみじみ感じました。
まあ一巻の頃には嫌いなキャラクターがいたりもしたんですが(具体的に言うと神楽坂ですが)、私は今やすっかり魅了されてしまっていて、登場人物の誰をメインに据えた作品でも美味しく読める自信がありますね。

総合

5つ星ですな。
表紙絵は今までと同じように真冬の立ち姿ですが、ウェディングドレス姿ですからね。作中でどんな展開が待っているのか大体想像できてしまうところはありますが、それでもやっぱり面白い。プロポーズ一つとっても一ひねり効かせて魅せてくれます。
しかし贅沢な本を読んでしまいましたねえ・・・こういう作品がたまにあるんで、ライトノベルに対する期待値の水準が高くなってしまうんですよね。まあ元もと杉井光氏は好きな作家ではありますが・・・その辺りを差し引いても誰が読んでも楽しめる作品では無いでしょうか。
でもこういう本編よりちょっと未来を描いた作品を読んでしまうと、もっと未来の話も読んでみたくなるからいけません。でもそこはグッとこらえて、適度なところで自重しておくのが良い読者というものかも知れませんね。

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