クロノ×セクス×コンプレックス

ストーリー

中学校を卒業してこれから高校一年生という少年・三村朔太郎は、高校への初登校日に街角で誰かとぶつかってしまう。一瞬の事だったので相手の姿をはっきりと確認することは出来なかったのだが、走り去る制服姿だけで言えばどうやら自分がこれから通うことになる高校の生徒らしかった。
とにかく一瞬の出来事だったので気にせず登校を続けた朔太郎だったが、いつしか自分が奇妙な横道に迷い込んでしまったことに気がつく。それどころか辿り着いた先は見たこともない学校だった。変な所に出てしまった・・・と思った朔太郎だったが、突然彼を呼び止める声が聞こえたことで状況が一変する。

「もう。ミムラミムラ・S・オールドマン、しっかりしてちょうだい。あなたは今日からこの学校の一年生でしょう?」

聞いたことの無い名前で呼ばれた朔太郎は、自分が何故か女生徒の制服を着ている事に気がつき、それどころか自分が女になってしまっている事実を発見し、さらにはどうやら美少女と呼ばれる類の女の子になってしまっている状況に置かれている事に唖然とした。
偶然の衝突から女の子と人格が入れ替わり、同時に時と場所を飛び越えてしまった朔太郎は、自分が迷い込んだ学校である「クロックバード魔法学校」で生活していくことを余儀なくされてしまう。
しかもなにやら自分が乗り移ってしまった「ミムラ・S・オールドマン」という少女は大層優秀な生徒であったらしく、さらには女生徒に憧れを向けられやすい「王子様」のようなキャラクターらしい・・・!
という感じで始まる性転換、異世界召喚、タイムシフトなどのネタをぎっしりと詰め込んだライトノベル作品の1巻です。

うーんと

しばらく前に話題になっていたのを記憶していましてとりあえず買って読んでみたのですが、なんというか・・・非常にもったいない作品のような気がしますね・・・。
この作品は上でもちょっと触れたとおり、身体の入れ替わり、異世界、魔法、にさらには時間旅行といったSF+ファンタジーの要素を同時に山ほど詰め込んでいるんですが、それが違和感なく一個の作品の中に共存しているところは正直見事だと思います。それでいて学園物としてのテイストも失っていませんし、描写も安定していてしっかりと読ませます。はっきり言って隙が殆どありません。
導入から中盤にかけての朔太郎の混乱した内面の描写も自然で上手いですし、クラスメイトや寮で相部屋になる女の子などのも個性的ですが突拍子も無いということもなく、まさに正当派かつ王道を真っ直ぐ突っ走っているという非常に好感の持てる作りになっています。
・・・が、それでも最終的には「もったいないなあ」という印象が残ってしまいましたね。何故かというとズバリ「終わりよければ全てよし」を思いっきり無視しているからなんですが。

いや

誤解があるといけないので言っておきますが、別に読了感が悪いとかいう訳ではありません。正当派という表現を使っている通り、ライトノベルとして不愉快なラストシーンが待っている訳ではないのです。
しかし、最初からシリーズ物として作られた弊害か、複線の消化が殆どされないんですよね・・・。いや複線の消化が先送りにされるのはシリーズ物の宿命と言えなくもないのでまあ仕方がないですが、分からないことだらけのまま尻切れトンボな終わり方をしたという印象でしょうか。
正直最終ページでは「え? ここで終わり?」という感想を持ちました。もっとはっきり言うと「本来そこにあるべきエピローグ」を丸々すっ飛ばされた感じですね。そこまでの展開の完成度が非常に高かったので逆にその欠落が違和感としてくっきり残るんです。
朔太郎の当初の目的とラストシーンがかみ合わないというか・・・一体どこに辿り着きたいのかが分からなくなっているというか、「宛先不明」の良く書けた手紙を読んだみたいな気分ですね・・・。

ですが

それ以外は非常に出来がいいと思います。この作者お得意の「ちょっと背筋が凍る感じのサスペンス」が絶妙に配合された話作りなんかは読んでいて実にゾクゾクとさせられました。
「身体の入れ替わり」というネタを扱っていると最近のライトノベルでは大抵ハチャメチャラブコメものになるのが多いんじゃないかと思いますが、この話はそうした安易とも言える方向には一切逃げずに「入れ替わり」を単なる物語を作る上での一要素として扱っていて、その上でしっかりとした話を組み立てています。
キャラクターも魅力的ですが、それ以上に物語そのものが魅力的と言っていいかもしれません。結果としていかにもライトノベルなネタを沢山扱いながらも、全体の印象としてはなかなかに重厚な物語という感じですね。作者の中にある「話」を「語って」読者を楽しませようというストーリーテラーとしての骨太な矜恃のようなものを垣間見たような気がしました。

総合

と言うわけで星4つ。上で書いたような引っかかるところが無ければ5つ星だったと思います。
猫のピートやラベンダーの香りなど、分かっちゃいるけどついニヤニヤしてしまうようなものを散りばめてくる所もなんだか憎めませんし、詰め込まれたネタを満遍なく使って楽しませてくれるところもいい感じですね。
殆ど女の子しか出てこない話なのに入れ替わりやらルームメイトやら全寮制やら何やらがあるお陰であっちこっちに禁断の匂いというかインモラルな感じが漂っているのも美味しく頂けます。まあ女性読者がどう思うかは分かりませんけども・・・これが野郎同士の話だったらキモくて読めなかっただろうなァ・・・。
まあとにかくつまらない話ではないのでオススメですね。多少陰がある話作りも今のところは行き過ぎの感じもなく話のスパイスとして上手く機能しているように思います。今後の展開も見守りたいところですね。
絵師はデンソー氏です。カラーイラストはなんとも可愛らしい感じがして良いですし、白黒のイラストもなかなかな表現力を持っているんじゃないかと思います。なんというか、安心感のある絵師さんですね。私が作者だったらこういう絵師さんがついてくれたら嬉しいような気がします。