月光

月光 (電撃文庫)

月光 (電撃文庫)

ストーリー

高校に通う日常に倦みきっている一人の少年がいた。人一倍冷静で人一倍冷笑的に毎日を傍観している彼の名は野々宮という。
クラスメイトが女の子の話題で盛り上がっているときでも一人、特別格好つけたい訳でもなくただその中にいてただ現実を受け入れてただ自分の感じるままにそこに存在している――彼はそんな少年だった。
しかしある日、彼は「完璧」と呼ばれるが同時にゴシップも多く、どこか謎めいたクラスメイトの少女・森葉子が落としたレポート用紙に刺激的な内容が書かれていることを発見する。そこに書かれていたのは日常からかけ離れた内容だった。『殺しのレシピ』と見出しの振られたその内容には、奇妙な――およそ月森の印象にそぐわない稚拙とも言える――殺人方法について書かれたものだった。
月森という少女の持つ秘密の匂いと、退屈さから逃れるために野々宮はその『殺しのレシピ』を興味深く楽しんだ。月森はミステリ作家でも目指しているのか――? 彼女のそんな顔を知るものは恐らく誰もいないだろう。今こうしてその「証拠」らしきものを手にした自分以外は。彼はこうして月森という少女に興味を引かれたのだった。
ただ、その日常のちょっとした出来事が野々宮の中で風化し始めた頃、状況が一転する。月森の父親が亡くなったというのだ。聞くところによるとそれは事故死だという事だったが、野々宮の手元にはあの『殺しのレシピ』の存在があった。野々宮の中で月森に対する疑惑が膨らみ始めたその時、この物語は開始される・・・。
という感じで始まるミステリ? のような・・・恋物語のような・・・不思議な印象を持った作品です。

語り手である

主人公の野々宮少年のキャラクターが何とも言えない案配で作られているので、実に個性的な作品になっているところがいいですね。
日々を退屈に思っている高校生というとなんだかライトノベルではありがちに思えますが、彼の場合はそれがちょっと徹底しているところが面白いですね。なんというか・・・全く可愛げというものが欠如しているんです。まるで一段高みから全ての出来事を睥睨しているように。
しかし、この話の中心になっている月森に関する出来事に関してだけは最後まで当事者で在り続けるのです。反抗期の残り香のような行動――全てに関して斜に構えているだけ――の少年ではない、という事ですね。どこか老成してしまったような印象を常に漂わせているのですが、それだけでは終わらないのです。ある種の執着のような気持ちを持って月森に関わっていくことになるのです。
それはまるで恋に落ちたかのようです。ただし、彼が月森に向ける目はいわゆる恋する少年のそれと同じではありません。疑惑と興味と好意と嫌悪――それらが入り交じった自分の感情を楽しむかのように彼は振る舞うのです。

いつか月森は僕を殺すつもりかもしれない。
鼓動が速まり喉がごくりとなった。

そして――僕は笑っていた。

死にたくはない。飛躍した発想だと我ながら思っている。しかし、興味はある。彼女がどのようにして僕を追い詰めてゆくのだろうかと。

そして

野々宮と対を成すようにしてこの物語に存在する月森葉子もまた、並の少女ではありません。知的ゲームを楽しんでいるかのような、他の生き物全てを見透かしているような、それでいて恋に震える処女のような・・・限りなく「本当の姿」を見せない少女です。
野々宮から向けられる疑惑と興味の入り交じった視線を、時にかいくぐるように振る舞い、時に誘うように導いて、まるで彼女自体が一つの巨大な迷宮のようにどこまでも謎めいているのです。上を行ったつもりがいつの間にか絡め取られてしまっているような、底の見えない姿を見せ続けます。
笑顔と美貌と完璧な振る舞いの向こう側には果たして秘められた「本音」が存在するのか? あるいはそもそもそんな秘められた想いなど存在しないのか? 良くできた幻影のように少しだけ付けいる隙を見せながら、どこまでも野々宮を自分という深みへと誘い込もうとする妖しげな蝶のようだと思いました。
そうですね・・・少なくともライトノベルではこんな少女の出てくる話を最近読んだことはありません。それだけでも読む価値があると言えそうです。揺るがない自我とそれを操る知性、そして美貌を併せ持った危険な匂いのするヒロインと言えるのではないでしょうか。

「ずるい人」
「何とでも」
「でも、私はこんな酷くてずるい野々宮くんのことを気に入っているのだから仕方がないわ」
月森は髪をかき上げながら嬉しそうに笑う。見惚れるような仕草だった。
「どう説明したら良いのかしら……野々宮くんとの会話はとても楽しいわ」
言葉を選んでいる。自分の気持ちを出来る限り正確に伝えたがっているのが判る。
「何ていうのかな、”駆け引き”をしているとでも言うのかしら、先の読めない会話は緊張感があってとても楽しい。ずっと話していたいっていつも思うの」

また

他のキャラクターも一筋縄でいかないようなタイプが揃っています。
ライトノベルでは人間的なゆらぎ(成長の余地ともいうか?)を抱えているキャラクターが多いのが一般的なように思いますが、この話のキャラクター達は最初に登場した時点でそれが余りないというのが特徴的な気がします。決断を迷いはしても困らないというか・・・例えばある重大な行為について「いつやるか」は問題にするけれども「やるかやらないか」は既に決定されているとでも言う感じでしょうか。
この話には主に5人のキャラクターが出てきますが、そのいずれもが形は違えど人間として一つの完成形に到達しているんですよね。例えば野々宮のクラスメイトに宇佐見千鶴という少女が出てくるんですが、彼女が物語中盤で成した事を見れば他のライトノベルと比べてある意味で異質であるという事が分かってもらえると思います。
そんな感じなので、どこかライトノベルとしては浮世離れしているという感じがします。そこがまた魅力かも知れません。

総合

意外な事に・・・星5つにしてみようかな・・・
ミステリー風味ではありますが、まあ小説のジャンル的な意味でのミステリでは無いと思います。が、やっぱりミステリなのかなという気がします。ただ、解きほぐそうとしているのが「ある一つの事件」ではなく「ある一人の心」であるという違いはありますが。恋物語のようでいて、同時に心理戦のようでもあるというライトノベルでは見かけない作品に仕上がっていると思います。
この話は個人的には好きな部類では無いように思いますし、私がライトノベルに期待している物語とは別種のものが書かれていると思います。が、それでも奇妙な程に引き込まれました。ありがちで陳腐なバトルなどより、野々宮と月森の関係の方がどこか刺激的に感じてしまったのは事実です。続編が出るかどうかは判りませんが、出たらきっと買ってしまうでしょう。
イラストは白味噌氏です。はっきりいってイラストから受ける印象と作品内容は180度位には違いますが、これは絶対狙ってやっているんでしょうね・・・作品を忠実に映像化したら、買い手が躊躇うようなイラストになったに違いありません。

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