スワロウテイル人工少女販売処

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

ストーリー

かつては関東平野と呼ばれていた場所は今では巨大な湾を形成しており、現在ではそこに日本から隔絶された新たな土地が人工浮島として存在していた。
——東京自治区。男と女が絶対に交わることがないように真っ二つに区分けされた歪な存在であるそこは、人類が直面した原因不明かつ治療不可能な病<種のアポトーシス>に感染した感染者を隔離するための土地であった。
<種のアポトーシス>は男女間の性交渉によって感染し、行為を重ねることによってその症状を進行させ、回避不可能な死をもたらすという異様な性質を持っていたため、感染者を性別ごとに分けて隔離する以外にパンデミックを防ぐ方法が存在しなかったのである。人類は既に脳を含めた体の全ての臓器を交換可能な技術を獲得していたが、<種のアポトーシス>に対しては有効な解決策を有していなかったのだ。
そして現在、自治区には約30万人の人間が暮らしていた。そこでは分離された男と女、そして人間のために作られた人工生命体である<人工妖精(フィギュア)>が存在していた。人と同じ姿を持ち、人間を愚直なまでの心で愛し続け、付き従う第三の性と言える<人工妖精>と、プログラムに応じてあらゆるものを分解し再構築する<蝶型微細機械群体(マイクロマシン・セル)>に囲まれた箱庭。完全循環型都市であると同時に隔離施設でもある奇妙な島――それが東京自治区である。
そんな街の中で、<人工妖精>の一人である揚羽(アゲハ)は自治区で死んだ人工妖精の心を読む力を使い、自警団の曽田陽平と情報を共有しながら”傘持ち”と呼ばれる連続殺人犯を追っていた。人間に対して絶対的かつ無償の愛を注ぐはずの<人工妖精>が犯した殺人事件。容疑者を処分しても新たに出現する”傘持ち”。奇妙な事件はやがて揚羽の目の前に大きく立ちはだかり、そして自治区全てを巻き込む大きな流れを生み出すことになる――。
電撃文庫で「θ 11番ホームの妖精」を書いた作者によるよりSF色の濃くなった意欲作です。

本屋で

偶然に見つけて即レジですよ電撃文庫で一冊出したきり(私の評価は5つ星だったかな?)音沙汰が無かった作者の手による新作を再び手に取ることが出来て幸せ〜、というのが第一の感想でしたかね。
出版社はハヤカワになったんでイラスト成分とかは表紙だけになっちゃいましたが、逆に言えばSFの老舗であるハヤカワだからこそ遠慮することなくSF作品を制作できる環境になったんでしょうかね。藤真千歳氏の前作もライトノベルとしては比較的SF色の濃い作品でしたが、さらに濃くなってます。序盤のソリッドな印象を受ける物語の展開はなんだかちょっとサイバーパンクものとかを思い出させる感じでした。
・・・が、その印象は読み進めると全く違ったものになっていきます。その辺りは流石はデビュー作がライトノベルといった感じですね。こなれてくだけたキャラクター同士の軽妙なやりとりや、ディストピア物のようでありながらどこか満たされているような世界観のもたらす奇妙な陽気さ等々・・・。複数の情緒的な切り口を持って描かれるこの物語は、通して読むと他の(お堅い?)SF作品では見られない不思議な印象を持った作品になっていきます。
前作もそうでしたが、奇妙な程に愛情が溢れているんですよね・・・悪人も出てくるし、どうにもならないやりきれない出来事なんかも容赦なく起こるシビアな世界が舞台なんですが、それでも何かどこか「優しい」作品です。まるで暖かみのある絵で彩られた絵本のお伽噺を読んでいるような・・・そんな気持ちにさせてくれました。

ちなみに

物語の中心である<人工妖精>についてはアレ(ファイブスター物語)を読んだことある人ならイメージするのは非常に簡単です。<人工妖精>はほぼファティマって感じですので。
まあ<人工妖精>はモーターヘッドをコントロールするような特殊な能力は持っていませんし、<人工妖精>自体が自治区の人間であれば誰でも容易に手にすることが出来る権利のようになっているので、その存在そのものに希少価値が特にはあったりはしません。そして彼ら(彼女ら)<人工妖精>は独自の心を持って人間を<愛すべき存在>として完全に受け入れているので、普通に暮らして行くぶんには難しいことは特に何もないという感じの存在なのです。
これがまあ男女が普通に共存している世界だったら彼氏彼女を理想的な異性である<人工妖精>に取られて人類滅亡って感じですが、この物語の舞台ではそもそも男女が共存していませんのでそうした問題もありません。つまり”究極の恋人”として<人工妖精>がいる訳です・・・私も個人的に欲しいとか思いました・・・。
それともう一つ、この話で特徴的かつ大事なギミックとして登場するのがマイクロマシン・セルですね。これは蝶の姿をしてそこら中を適当に飛び回っていて、いらないものを見つけると分解してエネルギーにしたり、他のものに再構成したりするナノマシンみたいな物です。物言わぬ忠実かつ有能な召使いと言ったところでしょうか。この存在によって人間の生活圏は何もしなくても清潔かつ完全な状態で維持されるという訳です。
この世界ではマイクロマシン・セルのお陰で「労働」というのが一種の趣味になっている・・・という設定があるのですが、こんな便利なものがあればさもありなん。という感じですね。。
こうしてみると東京自治区、隔離施設なのに正直結構ユートピアですよね・・・異性はいませんが、人とほとんど変わらない人工妖精たちがいるし・・・いややっぱり異性って大事だからディストピ・・・うーん、複雑ですね。

他にも

まあ色々と楽しませてくれる要素はてんこ盛りです。
<人工妖精>たちの複雑かつ体系立てられた4つの精神原型や、ロボット三原則に類した「人工知性の倫理三原則」と「情緒二原則」といった取り決めや、<人工妖精>に対しての人間の在り方を端的に表した「性の自然回帰論派」や「妖精人権擁護派」などと言った思想団体の存在、あるいは「赤色機関(Anti-Cyan)」と呼ばれる自治区に介入してくる外部組織や、「青色機関(BRuE)」という非公式の「妖精による自治自浄組織」などが存在したりします。
そうしたそれぞれの立場や思想、感情、信念、その他様々な思惑が絡み合うことで、揚羽の”傘持ち”を探すミステリーの旅は自治区の存在そのものを脅かす大きな出来事の一部となっていくことになります。妖精たちの悲しくも美しい一途な想いを縦糸に、弱りつつある人間たちの傲慢と優しさを横糸に、不思議な色を持った物語が綴られていきます。
・・・SFを「すこしふしぎ」と言ったりすることがありますが、ゴリゴリとした内容が書かれていたりする割にはそんな言葉を思い出すという・・・「心」って、「愛」って、「情」って、何だろう? と考えたくなる作品です。そしてその物語の水先案内人は数奇な運命を背負った人工妖精である揚羽という、儚げながら強く、したたかながら臆病な少女です。楽しく読めない訳がないですね。

総合

いや好きなので星5つなんだな・・・。
電撃文庫あたりと比べるといきなりの価格設定900円にちょっと尻込みするかも知れませんが、読んで損はないと思える作品でした。SFが好きなら取りあえず読んでみると良いような気がします。序盤は固い刑事ドラマみたいですが、上でも書いたとおり全然違う物語になっていきますので、変に気構えずに読んでみて欲しいですね。
話としてはこの一冊でまとまっているんですが、続編を作る余地が大量に残されているという事もあるので是非続編を書いて欲しいというのが個人的な意見です。揚羽の活躍する姿をもっと見たいというのが本音ですね。前作でも思いましたがこれ一冊で終わらせてしまうには惜しいキャラクターが沢山いるように思います。
こういう話を読んだらもうちょっと気の利いたことを書ければいいんですが、私に書けるのはこんな感想モドキの中途半端な文章だけのようです。適当なところで切り上げて、もう一度読み返してみることにしますか・・・。
イラストは(と言っても表紙だけですが)竹岡美穂氏です。色づかいが魅力的に感じた一枚でした。こんなに可愛い妖精なら是非私に・・・と言いたくなるような可憐さを見事に表現しているように思います。

感想リンク