円環少女(13)荒れ野の楽園

円環少女 (13) 荒れ野の楽園 (角川スニーカー文庫)

円環少女 (13) 荒れ野の楽園 (角川スニーカー文庫)

ストーリー

再演の神が世界秩序を覆い尽くした時、魔法使いたちの《地獄》は人間たちの《地獄》に姿を変えつつあった。
《悪鬼》と蔑まれてきた地獄の住人たちはその特別な力である《魔法消去》を失いつつあった。魔法は《魔炎》となって砕け散ることなく人々の目に映り、魔法消去に怯えて隠れていた魔法使いたちを人の目に止まる明るみに導きつつあったのだ。
時間とともに人々から失われていく消去の力――しかし、敢えて意図的に《地獄》を自分の世界として選び取ることで、地獄の魔法――カオティックファクター――である魔法消去の能力を極限まで高めた人間も存在していた。元《鏖殺戦鬼》であり《沈黙》の名で恐れられた悪鬼の一人・武原仁その人である。
仁は、今や再演魔法の使い手となり完全なる敵となった武原舞花と、舞花をバックアップし再演世界を実現しようとするアンゼロッタ・ユーディナ率いる神聖騎士団の計画を阻止しなければならなかった。その計画とは再演魔法の《増幅器》を最遠未来へ設置しようとするものである。再演魔法の性質上、最遠未来に《増幅器》を設置されてしまえば《未来》から《過去》に向かって投射される性質を持つ再演魔法を防御する事が不可能に近くなり、地獄は再演秩序に染まり未来の再演魔法使いに操られるままの世界となるからだった。
仁、メイゼル、きずな、公館、協会、あるいは再演世界が訪れることをよしとしない《地獄》の住人達は、最後の抵抗を始める。それはまさに総力戦の様相を呈しつつあった。ここを逃せばもはや逆転の目は無い――それを知っている仁たちはあらゆる障害をはね除けて、地の底で待つ舞花の元へと突き進む。
ここは地獄――全ての奇跡が燃え落ちる地。しかし奇跡無き地獄だからこそ築き上げられた尊いものがある事を仁やメイゼルは知っている。そのために彼らが全てを投げ出す時が訪れたのだった。
13巻であり、最終巻です。

ふと振り返ってみて

一体何に魅入られてこの「円環少女」というシリーズにのめり込んだのかなあ、などと考えたりしました。
とにかく最初は「読みにくいなあ」という印象に染まっていたような気がします。まあ私の問題なので恥ずかしい話なのですが、何度読み返しても言い回しが婉曲すぎて理解できない(というか、腑に落ちない?)文章があったりするのです。主に登場人物の心境とかですが……。それをもってして「読みにくい」と言っていたりします。
しかし、その読みにくさの裏には間違いなく抗いがたい程の魅力がありました。単純な喜怒哀楽などで表されない心の動きの表現がキャラクターに他の作品では味わうことの出来ない色づけをしてくれていたためです。まず、分かりやすくも素敵なサド幼女の鴉木メイゼルにハマり、次に強いんだか弱いんだかよく分からない武原仁という人間の魅力にハマり、登場するごとに違う表情を見せるような倉本きずなにハマりました。
そうなればもう後は芋ずる式に好きなキャラクターが増えるだけです。そしてキャラクターが好きになり始めたときにはすっかり物語そのものに絡め取られているのです。少なくとも私は、この本が作り出している魔法から最後まで逃れられませんでした。

それにしても

凄い話でした。改めて1巻から読み返したりしたんですが、恐らくこの作品が私の脳内から消え去ることは一生無いと思います。細かいセリフや言い回しを忘れても、彼らや彼女らに出会った事までは忘れそうにないからです。
本当に色々あります。この13巻だけでも切り取って取っておきたいと思わせる時間や出来事が沢山ありました。正直ありすぎというか、まあ最終刊という事もあって大盤振る舞いに次ぐ大盤振る舞いなので、名場面ばかりになっています。

少女の戸籍上の名前はメイゼル・鴉木・タケハラだ。タケハラの部分は、アトランチスに亡命したとき、彼女が勝手にひっつけた。
「――――あれ、俺の人生わりと詰んでないか」

今さら気がつく主人公。

「せんせ、ひざまずいで……ちがうわ。ひざまずきなさい」

最終巻まで来てもはや無敵の魔法少女メイゼル。
引用したのは今までと同じような感じでコメディチックな場面ですが、やっぱりこの話の魅力の中心はシリアスなシーンにあります。が、それは是非とも本を読んで自身で確認して欲しいと思います。
さらには読者の予想を完全に超えて、あり得ないはずの出会いやあり得ないはず出来事を、作者は《運命の化身》という大魔術によって実現させました。正直これには驚きましたし、他の作品で似たような事をやられたらはっきり言って興ざめしたに違いないのですが、ここまで用意周到に用意された裏技はもうケチの付けようが無く、結局痛快以外の何者でもありませんでしたね。

総合

今さら星をつけるのも無粋なような気がしますが、星は5つです。
この物語は何もかもが丸く収まるようなご都合主義的な展開を決してしないので、解決とは言い難い事案も大量に残されたままです。というか人間と魔法使い(あるいは違う価値観を持った二つ以上の文明)が衝突する世界である以上、完全な解決などあり得ないような状況ばかりで、事実決着が付かない事の方が多いです。しかし、それが逆に私には心地よかったのですね。なぜなら、彼らの物語がこの後も確かに続いていくのだという証明のように感じたからです。
そして、ラストシーンはこれ以上ない場面だったようにも思います。作中でメイゼルが半ば本気の半ば冗談で話していた「世界の成り立ち」が本当の事だったらいいなと思えたラストシーンでした。そして、読者である私は彼らの選び出した結論を目に焼き付けて、円環が始まりへと導くままにまた最初から物語を辿ってみようと思います。何度でも。
イラストはもちろん深遊氏です。見事なまでの安定感というか、こういう絵を描いてくれるイラストレーターさんが存在していてくれたことにありがとうと言いたいような気持ちです。カラーイラストから白黒まで全部丁寧な素晴らしい仕事を見せてくれていると思います。
……円環少女の感想を今後もう書くことがないと思うと何やら感慨深くなりますね。別に大したことやってるわけでもない私でもそうなんですから、この本を作り上げるのに力を貸した人たちの感慨もひとしおだと思います。素晴らしい物語に出会わせてくれてありがとうございました。
では、いかにも円環少女らしい(というかある意味この話の神髄的な)このセリフでこの感想を締めくくりたいと思います。結局の所、弱き人々によって積み重ねられた小さな願いこそが、強大な敵に膝をつかせる一撃となるのだとこの物語は教えているのです。

”魔法”をつかんだとき、彼はそれがいかに巨大なものか悟った。それでも、地べたを這いずってきた男の怒り、翻弄されてきた男の恨みが彼に最後の力を与えた。
「つかんだぞ……。おまえも、地べたを……這いずれ……」