雨の日のアイリス

雨の日のアイリス (電撃文庫)

雨の日のアイリス (電撃文庫)

ストーリー

この物語の最初のページには以下のような文章が綴られている。

ここにロボットの残骸がある。
その左腕は肩の部分からごっそりとなくなっており、残った右腕も関節があらぬ方向に曲がっている。下半身はちぎれていてそもそも存在せず、腹部からは体内のチューブが臓物のようにだらしなくはみ出ている。
一見するとただのスクラップとしか思えないこのロボットだが、かつては人間の家で働き、主人に愛されて幸せに暮らしていた。
HRM021ーα、登録呼称アイリス・レイン・アンヴレラ。
それがこのロボットの名前である。
この記録は、オーヴァル大学第一ロボティクス研究所のラルフ・シエル実験助手によって、HRM021ーαの精神回路データを再構築したものである。

この部分を読んだだけである種の好みを持っている人であれば全部読みたくなってしまうに違いない作品ですね。一見するとSF色の強そうな作品ですが、実はファンタジー作品だと私は思います。

上で書いたとおり

アイリスと名前のついたロボットを主人公とした話になっています。が、SFとは言えない作りでしょう。
科学的な用語は一部で並んでいたりもするんですが、それは正直記号以上の深い意味を持っていません。精神回路というメカ的な部分は、例えば魂結晶とかソウルキューブとか言い換えても何ら不都合を感じさせない程度の使われ方だからです。そうですね・・・この話に出てくるロボットたちはファンタジー作品に出てくる「魔法で作られた使い魔」のイメージと綺麗に重なる感じです。
人間に忠実で、人間を心から慕い、人に尽くすために生まれて、時には人に愛されて、時には憎まれて、そして時には裏切られる。人に近い姿や心を持っているものもいるけれども、普通は人としては扱われない――そういうキャラクターたちが沢山出てくる話です。

この話は

ウェンディという心優しい人間に仕えていたアイリスというロボットが、過酷な運命に晒されて転落していく様を描いた部分がほとんどです。
その転落は人間だったら決して耐えられない類のものです。人間のような心を持ちながらも決して人間として扱われない彼女は、生きながら体を解体されて捨てられるという虐殺行為にも似た経験をすることになります。アイリスは人間と同じように苦しみも悲しみも感じるというのにこの仕打ち――そうしたどうしようもなくもの悲しさに満ちた体験を経て、人間のように絶望していきます。しかし彼女の煉獄巡りは終わりません。機械故に再利用された彼女は、美しかった体を失ってただの使い捨ての継ぎ接ぎの中古ロボットとして第二の生を生きることになります。
・・・関係ありそうで関係ないんですが、なんだかこの辺りのエピソードを読んでいて「クロノ・トリガー」のロボが砂漠をオアシスに変えるエピソードを思い出しました。パーティ一行から離れて一人長い年月を過ごしていく彼の荒野を行く道のりが、アイリスの辿る道となんとなく重なって見えたのです。もちろん全然違う話ですけどね。

それに

アイリスのようなロボットにはペットの犬や猫に感じる可愛らしさといじらしさを感じます。
私は犬を飼った経験がありまして、あのどこまでも飼い主を慕って疑わない一途さに随分と救われたと思っています。誰にも話せないような愚痴を黙って聞き続けてくれたのも(返事はしてくれませんが)、誰もいない家に帰ってきたときでも尻尾がちぎれそうな程にふって喜んでくれたのも飼い犬でした。絶対に裏切らず、絶対に待っていてくれる・・・その姿は今でも忘れられません。それが忠実かつ愛らしいアイリスや他のロボットたちに重なるのです。
でも、そんな犬でも虐待する人間はいましたし(私の家の近所でも)、何の情もなく捨ててしまう人間もいました。私はアイリスや悲しみを背負うことになったロボットたちに、そうした心ない人を愛してしまったペットの悲しさを見てしまいます。どこまでも許せないのは人間なのに、彼らロボットは人間を恨もうとしたり憎もうとしたりしていないところに、声を上げられない者達の悲哀を見るのです。

総合

星5つ・・・ですかね。
上では色々と悲劇的な書き方をしてしまいましたが、多くのものを失ったアイリスは、しかし、新しく得難い友情を手に入れることになります。リリスという愛らしさのあるロボットと、ボルコフという元軍事用ロボットです。彼らは自分たちが背負った悲しみを吹き消そうとするかのように、過酷な一日の暮らしを終えると、隙をみては深夜の「読書会」を開くのでした。
救いのない現実と、そこに僅かに見える優しい希望のような「読書会」。アイリスたちに待っているのはどんな未来なのか。過酷な現実の中で彼女が最後に選ぼうとしたのが一体何だったのか――今はもうスクラップとなってしまった彼女の記憶から私たちは読み解かなければなりません。
この物語は現実にはありえない舞台を元に書かれているわけですが、そこに流れるロボットたちの心はいまこの現実の中にある何かに絶対通じているのです。この物語から「何かの心を学び取る必要がある」と、読み終えた今、そう思います。書店で見かけたら是非手にとって少しだけ読んでみて下さい。きっと最後まで読みたくなると思います。
イラストはヒラサト氏です。カラーも白黒も非常に良いと思える出来で、構図や背景の作りなども含め十分魅力的な水準に達していると思いました。絵にした部分のチョイスも好ましく感じます。今後もこの調子で頑張って欲しいと思いました。

そうそう

ロボットで思い出しましたが、個人的にロボットで一番好きなのがこの作品です。

ウォーリー [Blu-ray]

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主人公のウォーリーのいじらしさと真っ直ぐさはこの本が気に入った人だったら絶対愛おしく感じると思います。