レジンキャストミルク

レジンキャストミルク (電撃文庫)
レジンキャストミルク (電撃文庫)藤原 祐

メディアワークス 2005-09
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おすすめ平均 star
starのどもと過ぎれば
star疲れます。
starここまで個々を書ききれる著者は珍しい。

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いい加減一冊位は感想を書こうと言う事で書いてみる。

はじめに

レジンキャストミルク」は決して明るい話ではありません。どちらかと言えばえぐいです。人の醜い感情が沢山出てきます。スカッとさわやかとか冗談でもありません。多少の息抜きのような挿話もありますが、それは「持ち上げておいて落とす」ための流れだと思って読んだ方がいいです。そういう意味で、鬱展開は嫌いと言う人は敬遠した方がいいでしょう。
こういうのも何ですが、作者の意図的な「押しつけ鬱」のやり口が目に見える時は不快感すら感じる作品です。表紙は可愛らしく口絵のカラーイラストの出来も良いのですが、そういう意味で本編は容赦無いです。生命の危機やら性的な危機、破綻した人間性や性格のさり気ない二面性、などなど・・・です。そうした話に耐性がある人や、どちらかと言えば好きな人は手に取ってみましょう。
先に言いますが、星4つです。十分私は楽しめました。

レジンキャストミルクの世界観

えー、レジンキャストミルクの世界を理解するには「仮想観測」について知らなければなりません。詳しくは3巻の口絵で解説が・・・って言ってもしょうがないので、ちょっと纏めてみます。

基本:シュレディンガーの猫

シュレディンガーの猫」はご存知でしょうか。シュレディンガーの猫とは以下のような思考実験です。

  1. 完全に密閉出来る箱を用意する
  2. 箱の中がどうなっているか絶対外から分からないようにする
  3. 猫を入れる
  4. 1分間で完全に1/2の確率で動作する青酸ガス(猫死ぬ)発生装置も一緒に入れる
  5. 1分待つ・・・。

さて、ここで問題です。中の猫は果たして生きているでしょうか? それとも死んでいるでしょうか?
この状態は「確率」から言えば、「生きている確率」と「死んでいる確率」が50%づつなのですが、実際に猫がどのような状態にあるかは見て(観測して)見るまでは分かりません。つまり中の猫は箱を開けて中を見るまで「100%生きている」のと「100%死んでいる」状態が2つ重なっている状態になっている訳です。では続けて箱を開けてみます。
「箱を開けたら猫はめでたく生きていてニャーと鳴いた」。
はい、箱を開けて見た(観測した)瞬間に「2重」に重なり合って揺らいでいた猫の生死が「生きていた」という1つの結果に収束しました。観測者の観測行為そのものが現実を決定したという事になります。これは「量子力学」の非常に基本的な考え方です。
まあ実際には色々な学説があるのですが、取りあえず本題では無いので上の様な物理学の常識があると言う事まで。

応用:仮想観測

レジンキャストミルクの世界は、これを一歩進めて世界を構築しています。ではもう一度。

  1. 完全に密閉出来る箱を用意する
  2. 箱の中がどうなっているか絶対外から分からないようにする
  3. 猫を入れる
  4. 1分間で完全に1/2の確率で動作する青酸ガス(猫死ぬ)発生装置も一緒に入れる
  5. 1分待つ・・・。
  6. 観測者が「猫が死ぬなんてダメだ!絶対生きている!」と気合いを入れて観測する
  7. 観測者の気合いが中の猫の状態を「100%生きている」にしてしまう。

これが「仮想観測」です。この応用によって「存在しないものが存在する世界」「あり得ない現実」を観測する事によって、別の現実を作り出してしまった結果、うまれるのが「虚軸(キャスト)」と呼ばれるものです。
さらに例えば「織田信長が本能寺で討たれなかった世界」を仮想観測した場合、その世界は現在のこの世界(これを「実軸」と呼びます)から枝分かれして発展します。しかし、この枝分かれした「虚軸」が滅んだ場合、「実軸」に「戻ってきます」。これが「レジンキャストミルク」の「実軸」に現れた「虚軸」達です。それはヒロインの「城島硝子(全一:オール・イン・ワン)」であり、柿春里緒の「有識分体(分裂病」であり、舞鶴の「壊れた万華鏡(ディレイドカレイド」です。虚軸は硝子の様に人の姿の場合もありますが、猫だったり、電子データの姿だったりする事も有ります。
・・・いかがでしょうか。何となく分かりますか? これが「レジンキャストミルク」の世界です。

登場人物達と彼らの定め

主人公の城島晶は虚軸:城島硝子にいわば「とりつかれる」ような形で共生する関係です。そして、城島硝子と共生する原因となった敵を探しています。今にも壊れそうな現実を護りながら。というのが基本のストーリーです。
もう一つ特筆すべきなのが、人が「虚軸」を宿すためには人は元々持っていた「何か」を捨てなければなりません。しかもそれは自分で選ぶ事が出来ません。感情、思い出、理性、などなど・・・人によって異なりますが、虚軸を抱え込む事によって力を手にする事が出来るのですが、その代わり自分の一部を差し出すことになります。虚軸が大きければ大きい程、その欠落も大きくなります。まさしく諸刃の剣。
硝子はまるで機械のような少女です。しかし人とのふれあいが硝子を普通の少女に変えていきます。それだけなら何の問題も無いのかも知れませんが、敵はある目的を持って城島晶と硝子を狙います・・・。

感想

発想は結構いいです。ヒロイン達の性格は結構イカしていて、硝子は可愛らしい無垢な少女ですし、里緒もちょっと問題はありますけど優しい娘です。蜜もいいですね。個人的には一番好きなキャラクターです。ただ、主人公の晶がイマイチ吹っ切れていない所が個人的に気になりましたが、巻を追うごとに改善(改悪?)されてきていて個人的には嬉しいですね。この1巻はまだまだ導入部分なので、ちょっと楽しいと思えた(精神的マゾの)人なら2巻を手に取ってみるのもいいのではないでしょうか。

それと、全く関係ないメタな話ですが、「仮想観測」の結果「虚軸」が生まれるのなら、この「レジンキャストミルク」の世界は作者・藤原祐の「仮想観測」によって作られた「虚軸」そのものですね。「レジンキャストミルク」という「虚軸」が滅んだ時、どのような形で「実軸(つまりこの現実世界)」に戻って来るんでしょうか。戻ってくるならどんな「虚軸」として戻ってくるんでしょうか。硝子だったらいいなあ・・・。蜜でもいいけど。