円環少女5 魔導師たちの迷宮

作者すらがあとがきで「文章もよみやすくなっていますとさいわいです」と書いてしまったりする本作。正直に言うと「読みにくさは4巻と変わりません」という作者を絶望の縁に叩き込みそうな一言を言わざるを得ない本作です。・・・1、2巻に比べればそれでも読みやすいですけど。

ストーリー

前巻で身柄を敵側に拘束されてしまった倉元きずな神和瑞希の二人の行方も杳として知れないまま、強奪された核爆弾はテロリストの手に渡ってしまった。《公館》に所属する武原仁鴉木メイゼル達は警察組織との連携すら持ちつつ、消えた敵・王子護ハウゼン達の行方を追う。
作者が脳内映像を四苦八苦しながら文字に置き換えている苦心惨憺(作者が)の魔導シリーズの5巻です。

折角だから

本作の感想の前に読みにくさの原因を探ってみましょう。しかしこれは読みにくさ/分かりにくさの原因でもありますが、本作の魅力そのままでもありますね

その1:1ページ辺りの文字数が多い

適当に他の本と比べてみればその差は歴然です。
一個前に感想を書いた「”文学少女”シリーズ」の4巻の適当なページを開いてパッと見た後に、続いて「円環少女」の適当なページをパッと開いてみてみましょう。歴然です。圧倒的に文字の量と漢字の量で「円環少女」に軍配が上がります。「円環少女」シリーズは一冊辺りの厚さがそれほど厚くないので、厚みで「”文学少女”シリーズ」に負けますが、情報量では完全に「円環少女」の勝ちでしょう。改行が少ない為ですね。
前向きに考えると読み手は「1冊でも沢山楽しめる」本です。おお、ポジティブ!

その2:前から言われる通り描写が濃い

ちょっと適当に魔法関連の描写を引用しましょう。

少女は、かたちのよい眉を不審げに寄せつつ、電子として大気中に満ちた《魔力》を励起した。この近辺に魔法使いがいるなら派手に驚かせるつもりか、視界いっぱいに大きく。そして奇跡は光の砕片となり弾けた。魔炎が、高架下と盛夏の白い陽光に打たれる街へ、洪水のようにあふれた。紅蓮の炎が、鮮やかに咲き乱れ、花吹雪のごとく下天を満たす。

地獄の住人達の観測行為によって魔法が破壊された時に生じる《魔炎》に関する描写ですね。「励起」「下天」なんてラノベでは殆ど見ないですね。

——《魔法》とは、自然規則がゆがんだ魔法世界で発達した、そのゆがみへ人間がつけこんで意思に従わせる技術を指す。幾億の魔法世界にひとつずつ存在する魔法は、大きく魔力型魔法と、「世界の《索引》を引いて森羅万象を自由に具現する」索引型魔法とに大別される。倉本きずなの索引型魔法、再演体系は、世界が積んできた過去を一冊の《本》として観測し、「それを書き記す文字にあたる《人間》を直接操る」。世界へ奇跡を引き出すための索引行為として必要なのは、魔法使い自身のしぐさだけだ。

はいここまで改行無しで一気にきますー。
これ以外にもさらに拍車をかけて理解に苦しむ描写があったりするんですが、ネタバレが避けられそうにないのでこの辺りを引用しました。まあこの辺りも前向きに考えれば読み手は「作者の意図した情景や設定描写を程よく理解出来た時に快感を感じる事ができる」とかですかね? よし、調子に乗って作者より理解だ!

その3:感情描写が複雑怪奇

例えば喜怒哀楽といった表現ですが、単純に「喜んでいる」とか「怒っている」というような描写が少ないです。少なくとも二つか三つ位の感情に同時に支配されていて、心模様はマーブル状、誰にも本人にも分かりません。当然読者も分かりません
あるいは普通の人間と全然違うレベルでの情動があって、悪鬼羅刹の類いでないと理解に苦しむ感受性を持った性格などだったりします。やっぱり読者には理解できない世界です
しかしそれが結果として読めば読む程味が出てくるスルメイカのようなキャラクター達ばかりにしています。・・・もっと別の言い方をしますと「登場キャラクター達をある特定の記号で括る事が難しいシリーズ」と言う事が出来ると思います。いわゆるツンデレとかですね。
まあメイゼルの事をこの下の方で色々言ってますが、それすらもある側面についてだけの話です。各キャラクターの心の境界線はもっと曖昧で、もっと広いです。それがまたとても魅力的ですね


大まかに考えてこの3つくらいでしょうか?
しかしこれらの点は上にも書いていますが、本作の魅力に直結しています。ですので一度受け入れに成功すれば、最高に楽しめるシリーズですね。

キャラクター

濃い描写でもって鳴らす本作、端役一人を取ってみても、人間的厚みを感じさせないキャラクターなどいません。台詞一つ一つが実に生々しくあったりして、魅力をかき立てます。やっぱり代表的なメイゼルの台詞を引っ張ってきましょうか。メイゼルはサドマゾ気質を小学生にして完全に備えた変態少女。ロリの挙げ句に見事な変態。今回も色々とアブナい。

嗜虐的に瞳をとろかし、けれど初々しい乙女のようにきゅっとスカートのすそを握り、メイゼルはつっかえつっかえ告白する。
「……あたしなら、せんせの抱えてるつらいこと、全部忘れられるくらい……ひどいことしたげられると思うんだけど! どうかしら?」

優しさや思いやりの気持ちはとっても大事ですが、何か基本的に間違ってます。

「あら、こんな風に写真を撮られるの、はじめてなんだ? びくって、体が止まったわ。嘘じゃないわ。ほら、もう一枚とるから。……そんな顔して、撮られるのスキなのね? 学校では隠してた、そのおすまし顔の裏で渦巻いているもの、さらけ出しちゃいなさい」

同級生の寒川さんに向かってカメラを構えながらこの台詞・・・今日び、変態オヤジだってここまで言わない!
まあ悪く言ってますが、褒め言葉です。大人びたメイゼルはその背伸びした感じに相応しい言葉も残してくれます。

「おまえがそばにいない間も、おまえをどうやって助けてやれるかって、ずいぶん考えたんだけどな。なのに、なんか俺に出せたことなんて、全部まちがいだったみたいだ」
「あたりまえでしょ。あたしのことの正解なんて、あたしの目を見てお話せずに、一体どこにあるの?」

とても見事な切り返しですね。これに続く言葉もとても素晴らしい洞察を含んでいますので、ぜひ読んで目にしてみて下さい。

今回はまた

他のキャラクターにも見所が沢山ありまして、主人公の仁、倉本きずな、神和瑞希、東郷永光、そして特筆すべきは4巻で初出となった専任係官・《茨姫》オルガ・ゼーマンの戦闘シーンと《神音体系》の《聖騎士》エレオノール・ナガンの再起が描かれる所でしょうか。特にオルガは見所が多くて良いですね。あの×××を連発する性格に加えて、戦闘シーンの壮絶さが凄いです・・・これは作者がもうそういう方向の趣味を持っていると解釈するしかなくなってきつつありますね・・・。
さらわれたきずなと神和にも一つの大きな事実が目の前に広がる事となって、それがある人物との再会に繋がります。これが今後どうなっていくための布石なのか分かりませんが、非常に興味深いですね。

総合

星4つ。
理由はまたしても決着を先延ばしにされたので、拗ねた挙げ句の減点です。ラストで前作を凌ぐピンチに陥るし・・・内容に大きな文句はないんですけどね。とにかく早く続きが読みたいです。仁の妹の舞花に関する伏線もまだ消化されてないし。気になりますね。
深遊氏のイラストは、やはりこの本も好きですね。奥行きを感じる程度に描き込まれた背景と画面のアングルが良いです。それに特によかったのは口絵カラーの見開きイラストですね。敢えてここを切り取ってくるというのがまた良いですね。見事。

感想リンク

booklines.net  まいじゃー推進委員会!  ウパ日記  ラノベ365日

全然関係ないと言えばないのだけど、このウパさんの感想を読んで、ウパさんの文章の魅力の謎にやっと気がついた・・・!
装飾過多な無駄な言葉が少なく、非常に端的にウパさんが感じた事実だけを指摘しているんですねえ。その証拠に、ウチと比べれば一目瞭然、文章が切れないまま画面端で折り返される文章が非常に少ない! だからシンプルで分かりやすいのだな・・・。