たま◇なま 〜生物は、何故死なない?〜

たま◇なま ~生物は、何故死なない?~ (HJ文庫 ふ 3-1-1)
たま◇なま ~生物は、何故死なない?~ (HJ文庫 ふ 3-1-1)冬樹忍  魚

ホビージャパン 2007-06-30
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star最高です
starやはりプロは眼の付け所が違う。
star地の文が少なすぎる

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タイトルの意味が読了後の今をもってしても分かりません。

ストーリー

氷見透(ひみとおる)は奇怪な生命体に魅入られていた。名を由宇(ゆう)という。
由宇は少女の姿こそしているが額には宝石が埋め込まれた姿をしており、実際には人間ではなかった。彼女の正体は鉱物生命体だ。人間より遥かに長い時間を生きてきた彼女は訳あって今は人間の姿で生きている。そして透は由宇に「支配されていた」。いつか自分の子を増やすための「つがい」として。
由宇は難しい事は考えない。ひたすらに自分の生存確率を上げる事だけを合理的に追求する事を至上命題としていた。そしてまた彼女は人間ではないため、人間のような感情がない。
しかし、そんな彼女との暮らしを特に不愉快とも思わない透。彼は既に理不尽な暴力によって一方的に大切な物を奪われていて失う物が何もなくなっていた。そんな不完全な二人が綴る再生と戦いの物語。

主人公は

無気力人でいかにも子供という印象を最初こそ持ったんですけどね。

世界は、そんな形をしているんだ。やった者勝ちだ。やられた者負けだ。何をどれだけ努力したとか、そんな事は関係ない。『向こう』が、その気になったら、全て終わりなんだ。

これだけだと如何にも捻くれたガキという印象ですが、この前にある文章がその印象をもう少し深い物にしてくれます。

数十年かけて築いた幸せが、たかが一人の不良少年とやらの、たかが数時間の楽しみの為だけに、面白半分に、ぶっ壊されるのか。

生存者には、いくらでも、弁明の機会が、次の機会が、与えられる。
生存者とは、この世に生き残った、勝利者なのだから。
だって仕方ないじゃないか。被害者は、死人は、何も言わないんだから。
死者は、敗北者は、何を言うことも、許されない。何をする事も、許されない。
死者は、この世界から強制退去させられた者は、敗北者なのだから。

こんな独白を見ると、つい最近もニュースを騒がせている事件とかを思い出さずにはおれませんね。もちろん現実はさらに過酷でしょうから軽々しく意見を言う事すら難しいですが・・・。
この主人公の思いは自分も時々感じたりする「不安」に食い込んでくるような気がします。大切な人達が「一方的で、理不尽で、幼稚な暴力によって壊されてしまうかもしれない」という漠然とした「不安」
この不安が主人公の無気力さを上手く説明してくれてしまいます。

ヒロインも

やっぱり訳あり無感情人。
しかしその無感情な所を中途半端にせず、「別の生き物」という事にして上手い事説明したのは良かったですね。人間たちにとって「永遠」とも言える時間を生きてきた彼女は、人間という「生命」に対してこんな感想を持っています。

「そう、悲しすぎるのだ。きさまらは。誕生も。存在も。存続も。全てが、だ。
それほど不完全であるのに、きさまらは、死のうとしない。生き続けようとする。
……それが、私には、分からん。
私は問うぞ。何度でもだ。『きさまは、何故、生きているのだ』」

人間が寿命1日の生物とかに感じるような感覚ですかね。一言で言うと「儚すぎる」でしょうか。そしてさらに彼女は問いかけます。

「何故、こんな事をしている? 何故。『生存』を第一義に求めない?
……あるいは、きさまらには、『ただ、生きていく』事以外に、もう一つ、重要な……『生命の目的』が、あるというのか?」

・・・彼女は彼女で原因不明の「自死」という感覚を内部に発生させており、それと戦わなくてはならない運命にあるからでしょうか。彼女から見ればあまりに儚い命である人間が「どうして生きているのか」という「生きる意味」を問いかけつづけます。

不完全な二人ですが

過酷な出来事を超えて二人とも少しづつ変わっていきます。
ラスト前で主人公に訪れる転機は・・・パッと見、醜くてどうしようもなくエゴイスティックでしたが、その分リアルに感じられましたね。
また、主人公を傍で見続けていたヒロインも変わっていきます。

「私は、きさまが憎い!」

「私の名を! 気安く呼ぶんじゃない! 私は! 何とも思っていない!
私の顔を、見るんじゃない! 消えろ! 私の前から消えろ!
お前なんか……お前なんか嫌いだ! お前なんか、大嫌いだ!」

主人公の心の変化を受けて、人の心など全く知らなかったヒロインが発する言葉ですが、この言葉は彼女が人間的に成長した事をうまく表現してくれています。鉱物生命体から見事なツンデレ。世界はまだまだ謎だらけですな。

総合

星4つ。ちょっと際どいけどなかなかいい話だったかなと言えるかな。
続きを意識した作りになっているみたいだし、もし次があるなら楽しみにしたいですね。
ただ、物語的に避けられないとはいえ、主人公がそれこそイヤって程過去と現在を掘り返されて、精神的にも肉体的にも嬲られる事になるのでその辺りはなんともイヤな感じがします。スタート地点がネガティブな話ですから仕方がないと言えば仕方ないですけど。
そう言えばこの本はノベルジャパン大賞の「大賞」受賞作みたいですね。うーん、佳作の「カッティング」の方が楽しかったかな。でもなかなか読ませてくれる作品でもありました。
イラストは魚氏によるものですが・・・正直つまらない絵だね。悪人面をしているときの主人公の表情はなかなか良いけど、それ以外は魅力らしい魅力が全くありません。
絵に奥行きもなければ(というか背景そのものが無い絵が多いし)、ヒロインが特別可愛く書けている訳でもないです。どう考えても時間をかけて真面目に取り組んだと思えない出来でしたねえ・・・ラノベの挿絵、舐めてない?

感想リンク

booklines.net  Alles ist im Wandel  Shamrock’s Cafe  積読を重ねる日々
積読を重ねる日々」で吉兆さんが見事な情念を感じる感想を書いているので必見ではないかと思ったりします。