いつでも考えておくべきたった1つの大事なこと

今までのエントリで

小笠原の父島に行ったという話はもうエントリにまとまっていますが、それとちょっと関連したことです。小笠原って所は生きて行くために必要なものしか基本的にありません。そんな環境のなかにいて、考えた事です、備忘録的にここにまとめます。何よりも自分のためにですね。

大事な事は何か

よくまとめ系のエントリにありますが、1つです。仕事でも、家庭でも、どんな時でも考えるべき大事な事はたった1つです

あなたが今やろうとしたり、覚えようとしたり、欲しいと思っていたり、身につけようとしている何かは、あなたが幸せであるために本当に必要なモノですか?

って事です。
ちょっと順番に考えてみます。

常に我々は支払っている

どんな物を手に入れるにせよ、何をでもやろうとするにせよ、相応のコストを支払う必要があります。
とにかく、コスト意識はちゃんと持っていますか? 何かをしようとしている時、あなたはそのためのコストを支払っているという意識はありますか?*1
以下に思いついた「コスト」を列挙します。

  1. 時間的なコスト*2
  2. 金銭的なコスト*3
  3. 体力的なコスト*4
  4. 精神的なコスト*5

それぞれ重要ですが、この中で今回注目して欲しいのは「精神的なコスト」です。一番言われる事が少ないようですし。
これを支払っているという事に自覚的な人はそう多くはないのではないでしょうか。何かを成そうとする時に無意識にすり減らしている精神的な「何か」について自覚していますか?
もし自覚を持っていなかったら、即持って下さい。危険です。特に頑張っている人は危険です。上り調子の時には「精神的なコスト*6」を支払っているという自覚が特に小さくなるからですが・・・。

ところで

ここでちょっと話を変えてみます。
人は何のために生きているか? という事を考えてみます。色々な考え方があると思いますが*7、私は単純に「幸せになるために生きている」と定義します。誰でもそうですが、不幸せになるために生きる人間などいません*8
人は上記の4種のコストを支払って、対価である「幸福」を手に入れようとしているのですが、その4つめのコストに無自覚な場合、以下のような事が事が起きる可能性が出てきます。
二つの例を挙げて説明してみます。

《1、支払ったコスト(精神的なコストに自覚的な場合)》

時間 金銭 体力 精神 入手した幸福
10 10 10 10 40

数字はあくまでイメージです。
この場合は手に入れた対価が等しくなってますので問題はないです。もし、40未満だった場合には不満を感じるでしょうから、その時々に応じて行動するべきでしょう。
例えば入手した幸福が「好きな異性と付き合う」とかの場合、もし40以上なら最高の結果ですし、40でも満足なはずです。40未満だったらその異性との付き合い方をちょっと考えてみるべきでしょう。

《2、支払ったコスト(精神的なコストに無自覚な場合)》

時間 金銭 体力 精神 入手した幸福
10 10 10 (10) 30

なんだかゲームのステータス画面みたいですが・・・。
精神的なコストを考慮してない場合に結果として10のマイナスになってしまっているケースです。これの一番の問題は、この当人が支払ったコストに無自覚なためにマイナスが発生している事に気がついていない事です
このケースも異性との付き合いとかで考えてみましょうか。支払ったと思っているコストが30(実は40)、得た幸福が30なので本人は「この結果に満足すべき」だと思ったりしていますが、この人は幸せになっていないのですね。
このケースではこの人は異性と付き合えば付き合う程実は不幸になっていきまして、結果として「不満はないはずなのに、何故か満足感が無くて空しい」とか思っていたりします。

時間 金銭 体力 精神 入手した幸福
10 10 10 (10) 40

逆に正当な対価として運良く40の幸福を手にしてしまった場合は、沢山もらった気になって天にも昇る気分になれるかも知れませんが、それが結局次のマイナスを生み出します*9から、やっぱり長期で見ると不幸になります。
周りにいませんか? 自分をすり減らしているなと思う人。そういう人はこれですね。

もちろん

上記の損をしているケースでも本当に不満を感じない例外もあります。
現在発生しているマイナスを「未来への投資」だと考えられる人です。そういう場合はこれに当てはまりません。・・・ただしやはり投資なのですからいつかは必ず回収する必要があります

  • 「毎日のサービス残業」=「結果を出して昇進するために望んでやっている」
  • 「彼女へのプレゼント攻勢」=「彼女の心を完全に自分のものにするため」

などの長期的に見た大きな見返り(個人差がありますけど)を求めているようなケースですね。ただし失敗(不良債権化)した時のダメージが大きいですね。失恋や大きな仕事上での失敗でいきなりガックリ来るのは、この投資が回収出来なくなる事が確定するからでしょう。
あと、実際にはただ搾取されているだけなのに「未来への投資」と自分に言い聞かせているような場合も悲惨ですね。・・・自分含め、身近に結構ありそうです。

いずれにしても

精神的なコストに無自覚でいると・・・そのうち間違いなくあなたの精神的な財政が破綻します。原因の分からない「報われないという意識」だけが蓄積して、いつか崩壊します。支払ったものに対しての正当な対価がないから干上がるのは当たり前ですね。
こうなると人生を一時停止して、MPが回復するまでじっと待つしかなくなります。下手するとMPが回復する希望が持てずに人生止めてしまう人まで出てきます。全くもって笑えない状況です。
という訳でここまでで一つの結論が出せます。それは、

幸せでいるためには、支払ったのと同じか、それ以上の幸福が手に入らないといけない。

という事ですね。まあ当たり前ですが。
しかし現実にはなかなか難しいのも事実です。大抵は「投資と回収」の繰り返しになるでしょうし、時には大きな支出を要求されるような状況もあるからです。
そうなると確実に幸せになるためにやる事は一つですね。コスト削減を図る事です
効率化を図って無駄を無くすというのがまず真っ先に思い浮かぶと思いますが、効率を良くして行くのも大変ですし、いくら部分的に効率化が図れても人生全体で見れば僅かな差しか出ないでしょう。
便利技やら得する知識などを手に入れても*10効果が劇的に出るような事は少ないですし、ついでに言えばそれを手にしても上手に運用するためにまたコストが発生します。所詮は小技、あまり抜本的な解決になりません。
では、カットすべき無駄とは一体何処にあるのか? という話ですが・・・ここで最初に戻ります。

あなたが今やろうとしたり、覚えようとしたり、欲しいと思っていたり、身につけようとしている何かは、あなたが幸せであるために本当に必要なモノですか?

単に無駄な投資を避ければ良いと思われます
最終的な目標を考えずに行うあらゆる投資はただの無駄です。度重なる仕様変更が発生するソフトウェア開発のようなモノです。最終目標地点がフラフラとはっきりしないために無駄な作業ばかり増え、結果として出来上がるものは継ぎはぎのグダグダ。ちっとも幸せになれません

ですので

何かをしようとする時まず自分に問いかけて下さい。

  • それは自分が幸せになるためにやりたい事だと言い切れるか? 
  • それは自分が幸せになるために覚えなければいけないことか?
  • それは自分が幸せになるために本当に必要なものか?

簡単に答えが出せますか?
幸せになるための設計図があり、そこへ至るための辿るべき道があり、到着すべき先が見えていれば、簡単に答えられるはずです。もし、答えられないなら「あること」を疑ってみるといいでしょう。

いま欲しいと思っている「何か」は、誰かに知らず知らずのうちに強制された物ではないか?

という事をです。

例えば

最近テレビで見かけますが「ビリーズブートキャンプ」が大人気みたいですが、もし持っている人がいたら考えてみて下さい。ソレ本当に幸せになるために必要不可欠でしたか? 繰り返し流されるTVCMに「欲しいと思わされた」だけじゃないですか?
年収をに2倍にする方法とかって本がありますが・・・それなんのために実践するんですか? お金でどんな幸せを手に入れるかが大事なはずなのに、年収を2倍にすればそれだけで幸せになれると思い込んでいたりしませんか?
・・・私たち現代人がありとあらゆる外部からの一方的な刺激に晒されている事に気がついて下さい。

  • 街角に展示された洋服は本当は必要ではない購買欲を煽り、
  • リラックスするために入ったカフェで流れている音楽が欲しくなり、
  • まるでその資格を持っていないと人生終わりのように言うつり革広告があり、
  • そこら中に何かをしなければと主張する看板が出ていて、
  • いい学校に入らなければ色々なものが台無しになるように言われ、
  • TV番組では虚飾を交えてあらゆる欲望を刺激する情報が溢れ、

これらは全て

  • 「見よう」
  • 「聞こう」
  • 「やろう」

ではなくて、

  • 「見させられている」
  • 「聞かされている」
  • 「やるべきだと思わされている」

なのです。
私たちは常に「目の前に人参をぶら下げられて走らされている競走馬」のようにされる危機に陥っているという事を自覚して下さい。

ただし

こうした外部からの刺激が常に悪者かというと、そうではありません。
「無駄な刺激に溢れている」と考える人も入れば、「刺激に溢れていてエキサイティングだ」という人もいるでしょうし、「刺激が足りなくて物足りない」という人がいれば「刺激が少なくて心地よい」という人もいるでしょう。
いずれにしても、あなたにとっての正解はあなた本人にしか見つける事は出来ません。何もない南の島で鬱病になる人もいれば、モノが溢れた都会で鬱病になる人もいるという事です。
とにかく、自分にとっての正解が分からなくなる前に、一度考えてみて下さい。

あなたが今やろうとしたり、覚えようとしたり、欲しいと思っていたり、身につけようとしている何かは、あなたが幸せであるために本当に必要なモノですか?

自分に必要なモノだけを必要な分だけ手に入れれば、多くの人が難しい努力などしなくとも十分に幸福になれる可能性があると、私はそのように思います。

まとめたのはいいけど

あっちこっちに説明不足な部分を感じるなあ・・・この文章は「忙しさに疲れを感じている人向け」なのかな。

*1:よく会社の経営者が「コスト意識を持て」とかを社員に向かって言いますが、その会社の社員である以前に人は「私という会社の経営者」なのです。会社は変えられますが、自分は死ぬまで自分です。・・・そう考えると会社の事より自分の事を優先するのは当然ですね? ただ、会社の経営者とかで、「会社の経営」=「人生」の図式がある人とかの場合は別ですね。普通の社員でも「会社の方針」=「自分の方針」の人も同じですかね。こういう人は色々と幸せでしょう。

*2:無自覚な人は少ないでしょう。私はサラリーマンの経験しかないですが、大抵の人は結構シビアに考えているのではないでしょうか。サラリーマンは自分の「時間当たりの能力」を売って金銭に変えている訳ですから、そのコスト意識は結構なものでしょう。ただ、時間は一度失ったら決して二度と戻らないモノです。・・・(望まない)サービス残業とかは「時間を会社に窃盗」されていると考える方がいいんではないでしょうか? お金も手に入らず、時間も奪われるって事です。二重に搾取されているという事に気がつくべきです。

*3:無自覚な人は多くはないでしょう(無自覚な人がいない訳ではないですが)。銀行の残高や財布の中身は眼に見えますし・・・。まあ金銭的なコスト意識のない人とはあまりお近づきになりたくないです。ただし場合によっては金銭は取り返す事が出来ますので、時間よりはまだやり直しがききますね。しかしまあそれは本論ではないのでこの辺にします。

*4:イヤでも払っている事に気がつくでしょう。歳をとって徹夜がきつい、なんて話も珍しくないです。問題なのは支払い過ぎて体を壊してしまったような場合ですね。恐るべき事に「過労死」なんてもの世の中には存在しますし・・・。しかし健康に気をつけてさえいれば「疲れた!」位なら取り戻す事ができますので、致命的で不可逆的な状態にならないようにだけ気をつけましょう。つまり健康診断はちゃんと受けようねって事ですね。

*5:気疲れしたり、傷つけられたり、イヤな思いをしたりして失って行くものですかね。気合いを入れ過ぎても無くなって行くと思います。まあつまりMPでしょうか?

*6:そろそろ「コスト」って言葉がゲシュタルト崩壊を起こしますかね?

*7:どんな立場から見るかで全然違うから。例えば生物学的には「子孫を残す事?」じゃあ俺はダメじゃん!

*8:自分を罰するとか言って荒れ地を一人で耕して畑に変えたって、それは最終的にはやっぱり自己満足だし。

*9:コイツは30やれば満足する奴だという事がいつかバレる

*10:良くその手のまとめ記事がはてブされてますけどね