薔薇のマリア(3)荒ぶる者どもに吹き荒れろ嵐

ストーリー

サンドランド無統治王国の首都・首都エルデンの緊張感は最高潮に達していた。
加虐的殺戮愛好会(SmC)の首領である「SIX」が「秩序の番人(モラル・キーパーズ)」に対して果たし状を送りつけた事によって、両者の正面衝突が避けられない状況となりつつあったからだった。
そんな中、奇しくも衝突の切っ掛けとなってしまった「秩序の番人」に所属するベアトリーチェは、自分を救い出すために払われた多くの代え難い犠牲を背負って苦悩する。マリアローズはそんな彼女に対して生きている事を受け入れろと諭すのだった。
小さな物語があちこちで動き回り、激流のような一本の流れになってエルデンでの争いは一つの頂点を極め——そしてそれは一つの結末を作り出し、また新たな戦いを生み出して行くのだった。
混沌の街エルデン、そこで互いを削り合うクラン達。最後にエルデンに残るものは一体何か。怒濤の展開の3巻です。

やるせない

とまず言っておきましょう。2巻で失われたものに対しての言葉です。その気持ちを作中の人物に代弁してもらいましょう。

「——や、約束、し、したんだぞ、あとで一緒に酒飲むって! 約束は、ちゃんと守らないと、だ、ダメなんだ。お、俺は一人でも約束守るからね。酒、も、持ってきた。俺は、飲んだ。お、お前も、ちゃんと飲め……!」

個人的に気に入っていただけにこの3巻での彼の独白は応えましたね。あっけない。本当にあっけなく何もかもが崩れ去って行く物語です。
そしてその他にも大きな傷を負った一人の少女・ベアトリーチェ。彼女の慟哭も胸を打ちます。

「十三人だ。わたしがヘマをしたせいで、十三人も。十三人が命を犠牲にしてくれたおかげで、わたしはこうして生きてる。それなのに、わたしは……こう思っているんだ。助けてほしくなんてなかった。助かりたくなかった——死ねばよかった」

「わたしはまだ生きてる。大好きだった人が、仲間たちが死んで、傷ついたのに、生きてる。辱められて、汚されて、憎しみだけを植えつけられて、それでもわたしはまだ、生きてる。どうしてだろう……? わたしなんかに生きる価値があるとは、どうしても思えないのに」

苦しい自問自答ですね。これは「薔薇のマリア」の世界に生きる人間が必ず通るような道であって——どうじに読者である我々がいつ陥ってもおかしくの無い思考です。そしてこの自問自答に誰にとっても正しい解答は存在しない。のたうち回り、嘔吐して、胸を掻きむしって……それでも答えが見つからないような自問自答。
ベアトリーチェは……この苦しみに一つの答えを見つけて行く事になります。そしてそれは、マリアローズにとっても他人事ではない問題でもありますね。

キャラクターの面で言えば

命の流出はこの3巻においても変わりません。
物語は無惨に無情に——登場人物の上を等しく流れて行きます。ある意味において何一つ失わなかった存在は一人としていないというのがこの3巻でしょうか。
圧倒的と思われた存在が余りにあっけなく倒れ、汚され、踏み躙られる。それは誰にとっても等しく降り掛かるはずの未来です。今笑っていた大好きなキャラクターが、次のページではあっけなく無様な無駄死にを遂げている。そういう物語です。
中盤で一つの大きな盛り上がりがあり、そしてそれに続いてラストへと物語が収束するといった感じでしょうか。

トマトクン

毎回ピックアップしていますが、やはり取り上げない訳にはいかないでしょう。
彼は多数の因縁をもつ人物であり、今回彼はかなりの強敵と戦う事になります。一人は、アジアン。そしてもう一人は・・・まあ言わずとも分かるでしょう・・・。そしてその戦いの場面において、彼の本性(?)とも言える一端をのぞかせる事になります。その本性こそが、多くのキャラクターに彼が憎まれる理由でしょうか。
彼の過去は一体どんなものだったのか? アジアンがトマトクンに向ける憎悪の理由は一体何か? その辺りの経緯も気になりますね。

モリー

3巻においては遂にモリー・リップス・アサイラムに危険が迫ります。そしてそこで医術士としての腕を振るうモリー・リップス当人にも。
大抵はマリアローズにセクハラ発言を繰り返している腕利きの医術士ですが、今回は彼女の医術士としての生き様をいやという程見せつけられます。そして彼女と縁の深いマリアローズやベアトリーチェにとってはそれは他人事ではない話となります。

「わたし以外の誰が、あの子たちのために命を張れるのよ!」

戦うための力を持たずとも、混沌の街エルデンにおいて医術士を続けさせるその意思に圧倒されそうです。

ユリカ・白雪(スノーホワイト

舌足らずで外見が子供な彼女ですが、クラン・ZOOでひょっとしたら一番辛酸を舐めていて、そして同時にひょっとしたら一番大人で、一番強いのかもしれません。くじけそうになるマリアローズを叱咤し、立ち直らせる彼女の内に滾るものは、名前に反して恐らくは火炎のような思いなのでしょう。

「あなたの大切なお友だちが死んだ。ショックでしょう。泣きたい気持ちもわかるわ。でも、泣いてどうなるの? 泣いていたって、何がどうなるわけでもないわ。しょんなことより、あなたにはやるべきことがあるでしょう?」

本当に頼もしいお姉さんですね。

トワニング

今まで登場していなかっただけで、クラン・ZOOに所属する巨体を持つ髭の僧侶であり、蘇生術や医療術を使い、そしてさらにはユリカの使う鵺流古式戦等術の師匠でもあり、実際に鬼のような戦いをする戦士でもあります。

「健全なる精神は健全なる筋肉に宿る! スーパーハイレヴェルな知性もまた然り! マッスル、マッスルッ! グワハハハハハハハハハハハハアァァッ」

これだけだとただの変な筋肉坊主ですが、それだけではない所が奥深いですね。
あと、彼の使いこなす蘇生術の施術シーンが作中に出てくるのですが、その様はまるでサイバーパンク作品での電脳ハックとかに近いイメージでしょうか。やはり「薔薇のマリア」の世界が「現代と繋がっている未来」ではないかと想像させるものですね。
それはサフィニアが渾身の力でもって唱える召喚魔法の詠唱などにも見る事ができますね。全くもって不愉快なシロモノが呼び出されたりしますが・・・。

それから・・・

個人的には好みでは無いですが、直接的な性描写はないものの最悪と言っていい強姦シーンなども出てきます。あまりの凄惨さに興奮なぞ出来やしません。そしてそれ以上に作品全部があっけなくてみっともなくて惨たらしい死で満ち満ちています。感動など出来るような英雄的な死など殆どありません。
しかしそれが逆に、この物語に書かれた全ての陰惨たる出来事が、現実世界の地上の何処かにあってもおかしくはないと思えてしまいます。それがとってもイヤです
一体、一体なんでこんな事が起こるのか? 当たり前の事なのか? 汚れ無きものは汚さずにはおれないのが人間なのか? 弱いものは徹底的に蹂躙せずにはおけないのが人間なのか?
・・・残酷な神がどこかで臓腑を震わせて笑っている姿が見えるようです。

超越者達

ちょっと冷静になって話の謎を取り上げておきます。
この話には「明らかに人間を超越した存在」と思われるものたちが現れます。彼らはそれぞれ独自の理由で行動し、しかもお互い仲はよろしくないようです。

  • トマトクン(その不老性、そして人間離れした強さと謎)
  • SIX(その外見、性格、そして再生能力などを持ち、トマトクンと旧知の仲)
  • りりぃ(1巻にちょっとだけ登場。やはり人間離れした能力を誇り、トマトクンを憎む)
  • アジアン(ちょっと疑問が残りますが、通常の人間はトマトクンと張り合う事はできないでしょうし、かつ彼を憎む辺りも他の超越者達に近いです)

この4人に共通しているのは不思議な事に、

  • マリアローズを結果的に特別視する事。

でしょうか。
1巻ではサフィニアが気になる言葉も残しています。

「炎をまといし聖なる断罪の剣を振るう破天万象七星の一に会うため……その星のもとにいれば、わたしの凶運は祓われる、と……」

トマトクンが「七星の一」だという事が取りあえず確かなものだと仮定したとしても、他に六の星がある事を想像させますね。少なくともあと3〜4人は人間離れした人物が出てきそうです。

総合

星5つ。
えげつない展開もあるのですが・・・ファンタジー作品としての完成度や、苦悩しつつも前に進んで行く人間達の姿を描いたという点においてケチの付けようの無い出来です。後味の悪さはあるものの・・・2巻よりはマシですし、そして「後味の悪さ」=「良い出来の物語」という勘違いはこの作品にはないと個人的には思います。
だた、淡々と・・・現実の脅威と僅かに心に灯る優しさのともしびがある・・・と言う感じでしょうか。
BUNBUN氏のイラストは、個人的には本編内のイラストに多少不満が無い訳ではないですが、名画を縁取る額のように、目立ちすぎず、かといって地味でもなく・・・なかなかいい仕事をしているのかなあ? なんてシロウトながらに思いました。

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