円環少女(6)太陽がくだけるとき
円環少女(サークリットガール)〈6〉太陽がくだけるとき (角川スニーカー文庫)
- 作者: 長谷敏司,深遊
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2007/11/01
- メディア: 文庫
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ストーリー
行方の知れないままになっている倉元きずなと神和瑞希のいるであろう東京の地下に横たわる暗部——武蔵野迷宮。そこはかつて武原仁の妹・舞花が命を落とした場でもあった。その奥深く、刻印魔導師達の子孫達は悪鬼達のいない世界で生き延びていた。
しかし、それを利用するワイズマン——王子護ハウゼンのために彼らは重要な事は何も知らされないまま表舞台に立たされる。もはや誰の思惑で動いているのか全てを見通す事すら不可能なような状態のまま地上に忍び寄る核テロの恐怖。
- 人の作り上げた組織で仁を含む《鏖殺戦鬼(スローターデーモン)》が所属し、刻印魔導師を擁する《公館》
- 魔法世界の組織する《協会》
- 王子護ハウゼンの暗躍するワイズマン警備調査会社
- テロリストの国木田、日本の過去と現在
- 地下で生き延びていた魔導師達の末裔
- 核の奪還のために動き出していた《神音体系》を操る神聖騎士団
- 凶弾に命を脅かされたままの鴉木メイゼル
——それぞれの思惑を孕みながら事態は刻一刻と変化していき、血で血を洗う闘争が繰り広げられる。
ここは魔導師たちが《地獄》と呼ぶ世界。しかしそんな中、僅かな信念を頼りに一人で自分の道を進み始めた仁と、彼の繰り広げる酸鼻とも言える戦い。
まさに「圧倒的」というストーリーで進むと言う他ないシリーズ最新作。
裏切り者と化した仁
メイゼルの命と引き換えに《公館》を裏切った仁の本作での闘争は苛烈を極めます。
地下世界に突入したかと思ったらいきなり《鬼火》の二つ名で呼ばれる恐るべき《鏖殺戦鬼》——かつての師であり同僚——の東郷永光に命を狙われる事になります。
東郷の刀は抜かれたその直後から容赦というものを知りません。命のやり取りを日常的に行ってきた《鏖殺戦鬼》の頂点に立つ男は、仁に対しても激烈極まる覚悟と戦いを要求します。そして仁は・・・腕一本を失う代わりに地獄と呼ばれたこの世界に友を見出しました。
「仁、そんな顔をするのはやめたまえ。君は、ひとりじゃない。このぼくが信じてやるのだから、胸を張って行きたまえ!」
「東郷先生。ぼくは情なんて詩的なことばはよくわからないけど、友情は魔法ですよ」
「——馬鹿弟子どもが。そろいもそろって、よくぞ吠えおった」
今までその存在は描写されていましたが、直接関わってくる事のなかった一人の男・八咬誠士郎。地獄にのみ存在する魔法——カオティックファクター——を操る《破壊(アバドン)》の二つ名で呼ばれる《公館》の《鏖殺戦鬼》。彼の後押しがなければ、仁の戦いは東郷によって止められてしまったでしょう。
果ての見えない戦い
本作での仁の行方には、ひたすら綱渡りの連続とも言えそうな戦いが待ち受けています。以前の話で登場したグレン・アザレイ戦も仁にとって間違いなく過酷な戦いでしたが、本作はそれを上回ると言えそうです。
何しろ《公館》を裏切ってしまった関係で後ろ盾が全く無く、潜り込んだ地下世界には行方の消えた倉元きずな位しか味方と言えそうな者がいません。神和瑞希は本来は味方のはずですが《公館》を裏切った仁にとっては潜在的な敵と化しています。
そして地下に暮らす刻印魔導師から見て仁は敵ですし、さらには仁とは別口で突入を開始する《公館》の《荊姫》オルガ・ゼーマン、神聖騎士団、暗躍する王子護ハウゼンと・・・正直不確定要素の多すぎる場所に飛び込んでいく事になります。
さらにさらには・・・行方の消えていた元神聖騎士団所属のエレオノール・ナガンの存在も忘れられません。ここらあたりまで列挙すると、本編を読まずしてその先の展開を想像する事が如何に困難か、お分かり頂けるかと思います。
そして仁には、妹である舞花が「どのように命を落としたのか」という真実も知らされる事になります。
地下に灯るちいさな灯火
一応ちょっとだけネタバレを許してもらうとすると・・・まあ今回も一応ホッとするようなシーンと言いますか、コメディチックなシーンがない訳ではありません。もちろんその辺りのシーンに関わってくるのはメイゼルと倉元きずなですね。仁とメイゼルは新しい関係へと足を踏み出す事になりますが、その辺りの描写は過酷なようでいて・・・信頼と愛情に満ち満ちています。
「専任係官でなくなったせんせは、今、いったい何になったの? あたしは、今、刻印魔導師で魔法使いだわ。だから刻印魔導師として正面から戦って、あたしは勝つのよ」
小さな魔女が、両手を大きく広げた。ここは人がたくさん死に続ける戦場だというのに、少女は安らかにまぶたを閉じていた。
「……それとも、あたしが魔法使いでいられないくらいにへし折って屈服させて、せんせのモノにしてくれるの? あたしに、魔法よりたいせつなものをくれるの? あたしのこれまでの全部より、たいせつなものになってくれるの?」
誇り高き少女から投げかけられる問い。仁はこの問いかけに回答しなければなりません。そしてまた別のシーンでは・・・。
「悪いな。おまえの命、しばらく俺にくれ」
だが、メイゼルはうつむいて、ワンピースの肩に仁がのせた手をぎゅっと握った。
「あたしから、命だけなんか切り分けられるわけないでしょ? そんなの、あげないの」
そしてあどけない魔女が、振り向いてほほえんだ。嗜虐的にとろけながら、花開く前夜のつぼみのように初々しく。
「——せんせ、そういうときは、『おまえを全部ほしい』って言うのよ。みんなに聞こえるくらい、大きい声で」
さてさて・・・地獄の釜の蓋が空いたような戦場でも繰り広げられる仁とメイゼルの「戦い?」ですが、仁がどういった言葉を返すのかは本編でご確認を。
力を与える者達
倉元きずなはやはり、仁にとっての一つのオアシスですね。目に見える形で、あるいは見えない所から彼をバックアップします。
今回は恋愛方面ではきずなが結構美味しい所を持っていっていまして、仁と接触しまくったりされまくったりしてますが、まあ緊張感に欠けると言われてしまえばそれまでなんですけど・・・。
「おなかすいてないですか?」
彼女の腕の中で、あたたかい体温に包まれて、仁は首を横に振った。
「このまま眠りたい。時間がないから無理だけど」
「……それじゃ、あ、あ、あのっ……時間ができたらゆっくりとっ!」
・・・意外にきずなは大胆な少女ですね。
「きずなちゃんと大切な話をするのは、せっぱつまったときばっかだよな。もっと、普通のときもこんなふうに話をしなきゃいけなかったんだな」
「えっ、あっ、あの! こんなふうにって、お話の方だけですよね」
肩を抱かれていることを誤解して、きずなの体温が一気に上昇した。
しかし彼女も一人の魔法使いである以上、自らが背負った過酷な運命から逃れる事は出来ません。《再演体系》という失われた魔法を操る彼女が引き換えにするのは・・・見えていたはずの未来。この物語に勝ち取る未来はあっても、向こうから振って湧いてくる甘く優しい道は一つとしてありません。
そして・・・。
「《沈黙》よ、あなたとは、いつも遠いようで近くにいましたね」
エレオノール・ナガン。
「がんばって」「やっちまえ」「がんばれ!」「勝て」「がんばれ」「ガンバレ」「負けないで」「行け!」「がんばれ」「がんばれ」「助けて」「がんばれ」「かって」「かたきをとって」「ガンバレ」「お願い」「おとうさんのかたきをとって」「たのむよ」「がんばれ!」「やっつけて!」「そこだ」「たすけてよ」「勝って」「がんばれ!」「がんばって」「がんばれ」「ガンバレ」「がんばれ」
地下世界の子供達。
彼らの後押しを受けて、仁は戦いを走り抜けます。
総合
星5つ。揺るぎのない★★★★★。
仁はこの話の後、今までとは立場を変える事になるのかも知れませんし、正直作者が次の一手をどのように打ってくるのか最早想像も出来ませんが(この話を読了後に次を想像出来る「余力がある人」はなんか凄いと思う)、とにかく4、5、6と続いた「迷宮」はこの話をもって決着が付きました。
しかし恐るべきは長谷敏司です。ライトノベルレーベルから出版されている本なのに一瞬たりとも気を抜けません。まるで映画のように次から次へとやってくるストーリー展開とイメージの奔流に一歩間違えると読者が押し流されるようです。
キャラクターの一人として血肉が通っていない印象を与える者がいませんし、人は皆それぞれ醜く、勝手極まりなく、そして妥協出来ず、見苦しい。しかし・・・エレオノールの言葉を借りれば「神意——生命に宿れり」なのです。魔導師達によって《地獄》と呼ばれた世界のさらにおぞましき深き地の底で放たれる、凄まじさすら感じさせる生命讃歌。
彼らの生き様を追わずにはおれません。
イラストは深遊氏ですね。・・・しかし流石の深遊氏も絵にする所に困ったに違いありません。ライトノベルにおいて、文章の与えるイメージの方が絵の与えるイメージより強いと感じたのは、今のところ本作しかありません。別に深遊氏のイラストが良くないという訳ではないんですよ? しかしまるで作者と絵師が戦っているかのような作品ですね。凄いとしか言いようがありません。