君のための物語

君のための物語 (電撃文庫)

君のための物語 (電撃文庫)

ストーリー・・・の代わりの引用

奇妙。
そして、
親愛。


彼について語ろうとする時、程度の差はこそあれ常にこの二つの要素と無縁ではいられない。時に交じり合い、時にせめぎ合う。そして、これらは本人を前にしたとなれば、より一層、顕著になる。
このような奇妙な感覚を呼び起こす彼は、何の前触れもなく、衝撃的で、どこか滑稽で、そして、哀しみを孕んだ鮮烈さと共に私の前にやって来たのだった。

こんな書き出しで始まる不思議で優しくて少し物悲しい物語。

非常に珍しい事に

この話にの中心人物には一人として十代の若者と思えそうな人物が出てきません。主人公を含め、「彼」も、齢をそれなりに重ねた大人として描かれます。これが一つ目。
二つ目はライトノベルにありがちなボーイミーツガールの要素が欠片もない事。そもそもボーイとガールが出てきませんので、いわゆる十代特有とも言える瑞々しくも恥ずかしい心情描写も無いのです。
そして三つ目として、この物語があくまで「恋愛」や「熱血」や「友情」ではなく「親愛」の物語だという事です。
もちろん大人も恋愛をしますし、熱血な所だってありますし、友情が無い訳でもないでしょう。しかしメインテーマではありません。友情はそれなりに近いような気がしますが、友情というにはちょっと渋み多く含まれる感じですね。やはり「親愛」が一番近いのでしょう。

そして

これらの珍しさが逆にこの本の面白さを引き立てているのは間違いありません。そして読み応えも中々のものです。
物語は幾つかの章に分けられ、そこで様々な出来事が起こる訳ですが、その一つ一つの物語も良く練り込まれていて、そして話同士が複雑な絡み合いを見せながら奇妙とも言える繋がりで物語を織り上げます。
ただ、逆にこの珍しさが大賞を逃した理由でもありそうな気がします。上記の通りライトノベルのメインの読者層が喜びそうな展開ではありませんし、ある意味において夢も希望もなく、「彼」と「私」の「現実」を描いた作品だからです。

しかし

幾つかの要素では明らかにライトノベルです。そのギャップがとても心地よいのですね。大人っぽい物語の作り方をしながらも、そこで使われる要素は明らかにライトノベルという・・・。
先日、コメントでちょっと似たような事を書いたような気もしますが、「ミミズクと夜の王」にもあった「ある種の静謐さ」を感じる作品です。それが物語の根っこを流れていて、その流れが私という読者を穏やかな気持ちにさせてくれるのですね。
実は物語の中心に居続ける「彼」も「私」も一筋縄ではいかないような捻くれた近付き難いところのある人物なのですが、物語を覆う「ある種の静謐さ」のおかげか、彼らに親しみを覚えずにはいられなかったのですね。
彼らに「隣人」の匂いを漂わせる事に成功している感じ——まるで身近にいた事があるようなとでも言えば良いでしょうか?

総合

「ぬはぁ!」

という訳で星5つにしますね。ただ、若者受けはしない可能性が高そうでもあります。
そうですねえ・・・せめて20歳を超えていると楽しめる可能性が高くなるんじゃないかなとか思います。あるいは普段から分野を問わず本を読みまくっているような感じだったら楽しめるかも知れませんね。
ですので、面白い本ですが一冊目のライトノベルとしてはお薦めしません。いわゆる「王道」から大きく外れた作品だと思うからですね。この本をなんとか楽しめても他のライトノベルが楽しめるとは思えませんので・・・。でも面白い・・・というか「優しい物語」です。読む価値アリ、だとは思いますね。なんとも味わい深いですよ。何十年も寝かせたウイスキーみたいに。

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