フルメタル・パニック!(10)せまるニック・オブ・タイム

ストーリー

ミスリルのクルー達は息を吹き返しつつあった。
各地に散って潜伏していた兵士達は、テッサ率いるトゥアハー・デ・ダナンと復活した宗介によってもたらされた一撃に、世界各地から喝采を送っていた。そして徐々に集結し出すミスリルの兵隊達・・・。
そして対するアマルガム側には異様な動きが見え始めていた。どこにトップがあるのか分からない得体の知れない組織だったアマルガムは、いつしか一つの頂点らしきものを作り出しはじめ、それはミスリル側からするとようやく見え始めたアマルガムの「隙」だった。
状況の動くなか、各地に散った調査員によってもたらされた一つの情報がテッサをある土地へと導く。それはロシア。奇しくも物語の始まった北の国で、宗介やかなめは遂に「ウィスパード」の真実とも呼べるものに遭遇する・・・。

まあその、続きを読むにしておきましたが・・・「続きを読む」は発売日過ぎたので解除です。
色々な意味でネタバレが致命的な話ですし、この感想は可能なかぎりネタバレを避けるつもりですが、読み終わってから読んだ方がいいでしょう。そうそう、それから深読み、分析の類いは一切ありません。現状では「素直に読んだらこうなった」です。

うーむ・・・

まあ物語の最初の部分からほったらかしになっていた「ウィスパードとは何か?」という疑問が一気にこの話で氷解する事になります。つまり「じゃあ誰が彼らに『ささやいた』のか?」って話ですね。
実体を知るとその作り自体は・・・非常に深く練り込まれてはいるものの、結構使い古されたネタと思われます。でも描写の巧みさがそれを忘れさせてくれる辺りが優れたライトノベル作家という感じでしょうか。
この本の作者が確か言っていたと思いますが、結局の所ライトノベルってジャンクフードなんですよね。みんなで騒いで食い散らかしてナンボという。でもそのジャンクフードだって商品化に至るには凄まじい量の試行錯誤があるはずで、それを感じさせる出来です。「あれ? 気がついたら沢山食べてた! うわー太る〜!」みたいな。それってやっぱり凄い事かなと。
でも個人的には「うーむ・・・」なんですよね・・・。

何故かって言うと

ストーリーを盛りあげるために今までに支払われたもの——それは「負債」として物語にのしかかります——が、この巻をもって殆ど返済可能領域限界ギリギリの所に届いてしまったと思ったからです。いや、ひょっとしたら返済不可能かな? 並みの作家なら不可能でしょう。
もちろんこれは個人的な感覚ですが、ここまでやられたらもう生半可なラストでは許せない感じです。
物語は確実にラストシーンに近づいている訳ですが・・・もし、もしですが、そのラストシーンをつまらないと思ってしまったらどうしたらいいんだろう? この物語が精神的な不良債権になってしまったらどうしよう? というような不安がムクムクと頭をもたげてきたという事です。

でも

そんな私という読者の気持などほったらかしで物語は進んでいきます。
宗介も、かなめも、テッサも、みんな変わっていきます。状況は常に動き続け、予断を許しません。
今回、この作品の中心とも呼べる重要な人物の複数に大きな変化が訪れます。しかしそれは本当にネタバレど真ん中なのでここで言及するのは避けます。
誰一人として先を予測出来るような状況に無く、キャラクター達は理不尽な神とも言える存在に嵐の中の小舟のように振り回されるばかりです。もちろんここで言う「神」とは作者に他ならない訳ですが・・・何やら本当に無慈悲で残酷な神ですね。

しかし

今まで作者はそんな無慈悲とも言える容赦の無さを発揮しつつも、最後の最後で必ず読者の期待を良い方に裏切ってくれました。
これから綴られるであろう物語で今までの全てを吹き飛ばし、素晴らしい未来を見せてくれることを祈るだけです。
・・・それでも、失ったものは大き過ぎますが・・・そこをなんとか飛び越えて、今まで見た事も無いような青空を見せて欲しいと願ってしまいました。作者が残酷な神なら、それに付いていく私という物語の消費者も貪欲な餓鬼という事でしょうか。

総合

星4つ。星はあの人に捧げます。
全体的に好きとは言えない展開となりましたが、分厚い本にも関わらず読了にかかった時間は僅かだったように錯覚しました。
前巻の燃え上がるような描写はなりを潜め、沈黙と忍耐とで物語は彩られます。前作がロックンロールなら、この本はブルースですかね。
この話にあるのは、僅かに訪れる幸せな時間、一瞬の生と死の交錯、まるで祈りのような瞬間に訪れた閃き・・・そして極限まで研ぎすまされた魂の叫びです。あの人の一瞬を見逃さずに目に焼き付けましょう。
そしてそれでもまだ物語は続きます。私たちも息を凝らしてその行く末を見守りましょう。何故「ささやく者」となったのか、何故ささやかなければならなかったのか。大事なところはやっぱりまだ隠されたままです。それでもやっぱりやっぱり最後の希望は彼と彼女の中にある「何か」に託されるのでしょうか・・・。
最後に本編にてテッサが口にした——まるで自分達を支配する「残酷な神」に抵抗するべく、キャラクターが勝手に動き出したかのような——言葉を希望の灯火として、この感想を締めくくりましょう。

「これが偶然なのか、一種の運命なのかはわたしにも分かりません。わたしはこう見えても神を信じています。どんな形であれ神という存在がいるのなら——サガラさん、あなたはわたしたちを救うために、神様がつかわしてくださった救世主なのかもしれませんね」

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