ブラックロッド

ブラックロッド (電撃文庫)

ブラックロッド (電撃文庫)

ストーリー

積層都市<ケイオス・ヘキサ>を一人の黒衣の存在が歩く。その名をブラックロッド(黒杖特捜官)。
呪力増幅杖を持ち、魔物の付け入る感情を全て封じた魔導特捜。怨霊、妖魔、殺人鬼、ありとあらゆる悪徳、容赦の無い死、それらが蔓延る街を彼は一つの目的のために移動する。ブラックロッドは「ただひたすら敵を滅する」という目的のために生み出された死人なのだから。
想像を絶するイマジネーションで作り出された世界観のなかで展開される異様な呪的物語。こんな物語を簡単に紹介出来る文章なぞ、地球上に存在しないのではないかと思われる<ケイオスヘキサ3部作>の1冊目。

読むのに

覚悟を必要とする本というのがあると思う。少なくとも僕にはある。
最近だと「文学少女」シリーズだったりするし*1、あるいは「薔薇のマリア」シリーズもそうだったりする*2
で、実はこのシリーズも私にとってそうだったりした。最初の数ページを読んでは止め、読んでは止め・・・一体何人の人にお薦めされたのかもう分からない位には色々な人にお薦めされたのだけど、それでも先に進めない。

何故か?

作者の繰り出す想像力——いや、妄想力とか幻視力とか言い換えた方がいいかも知れない——に読者である僕が付いて行けないのだ。
最初の1ページ目から完全にトップギア。そしてそれは速度を落とす事無くどんどんと加速し、異様なまでの密度を持って襲いかかる。作り込まれすぎて思わずひいてしまう程、圧倒的な世界。

静寂を破ったのは、勇壮なマーチ調にアレンジされた般若心経だ。高架道の彼方から、黒い兵員輸送車が土煙を上げて驀進してくる。車体上部の、斜めに組まれた装甲パネルが和式家屋のような印象を醸し、無骨な霊柩車とも見える。

異形の町。
全身に真皮層写経(ダーマスートラ)を施し、念仏を唸りながら歩く少年僧侶(ボーズキッズ)の一団。重格闘用に成型(シェイプ)された力士(スモウレスラー)たち。人形嗜好者(ピュグマリオン)を当て込んだ外骨格娼婦(ヴァンプ・ドール)。そこここにうずくまり、街路の地下に埋設された霊走路から漏れ出す霊気をすする自縛霊。
最下層市街。陽光も、階上で毎秒五〇メガ祝福単位の祈りを上げ続ける祈禱塔の金切り声も、ここまでは降りてこない。

本当に開始数ページでこの状態。想像力の欠如した読者なぞ関係ござらんと言わんばかりに繰り出される文章は、ピッタリはまればこれ程不気味かつ快楽をもたらすものも無い。

この物語の

魅力を伝えるのは正直に言って非常に骨の折れる作業だと思われる。というか、そんな方法があるのだろうか?
僕が読了後にそれを考えた時、一番真っ先に思いついた紹介の方法というのが何を隠そう「全文掲載」で、今この感想を書いている最中も「やっぱりそれが最高の方法なんじゃないか」という気持が消えない。だって——

ブラックロッドは血堪りの傍らに膝を突き、血液や肉片のサンプルを採取し始めた。
正午の聖水散布が始まった。建築物の谷間に張り渡された格子の随所に取りつけられたスプリンクラーが、聖別された希アルコール溶液を一斉に振りまき始める。

こんな文章から励起されるイメージを一体どうやって再出力すれば良いのだろう? 異常な程高められた幻想が脳内で映像に変換され、さらにそこに物語が上乗せされる時、その印象を再度別の文章で表現する事は至難の技では無かろうか。

総合

星5つにせざるを得ない。
ブラックロッドを中心に語られる<ケイオスヘキサ>という町のダイナミズムは、他の小説の追随を許さない程に高められて読者を揺さぶる。
しかしそれは正直諸刃の剣とも言えるようなシロモノです。恐らくかなりの数の読者が置いてけぼりにされるでしょう。しかしそれは別に読書能力が劣っているという事を示すものではないと僕は思う。作者が異常な程の幻想力を持っていたという・・・それだけの事ではないか。
この話の元になるイマジネーションを与えたであろう作品を幾つか思いつかなくもないのだけど、グチャグチャに噛み砕かれた原材料は異様な変貌を遂げており全く別のものとして完成している。しかも恐るべき事に「ネタ元」より完成度が高くなってしまっていると思われる部分も多い。そのために何も深く考える事無く楽しめるだろう。しかし・・・なんなんだこの本は・・・2巻を読み終えるのもいつになるやら・・・。

*1:あの人の心の襞を覗き込むような作業にちょっと戦いてしまう。

*2:ストレートに垂れ流される情念と広く深い世界観にちょっと尻込みする。