七本腕のジェシカ

七本腕のジェシカ (MF文庫 J き 1-4)
七本腕のジェシカ (MF文庫 J き 1-4)芳住和之

メディアファクトリー 2008-02-21
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おすすめ平均 star
starこれは『上巻』です

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こりゃまた濃い物語だな!

ストーリー

汎不死社会。

  • 魔神の力を借りて社会の頂点に君臨する貴族達。
  • そして貴族によって生み出され貴族に仕える不死者である献身士。
  • 献身士になるべく命を投げ出すようにして「淘汰」に挑む人間達。
  • 貴族に<刈り入れ>という睨みをきかせつつも契約の定めにより封じられた魔神達。

彼らは踊る。知る者も知らない者も。ひたすらに一つの円環状につながり終りの見えない閉塞した世界を踊る。
彼らはそれぞれ過酷な世界による「淘汰」から逃れようと足掻く。「淘汰される」ことは「死ぬこと」。「死ぬ」ことは「ただの名も無きカロリー資源になる」こと。命というエネルギーは全ての存在を等しく巡る。貴族にも、献身士にも、人間にも。等しく、残酷に、容赦なく、着実に・・・。それでも、一種のライフサイクルとしての完成を見たこの世界は一千年をその姿で過ごしていた・・・。
だが、何かがおかしい
献身士であるエドガー・Vは貴族ヘルマに仕えながらもその気持を抑える事が出来ない。彼はその胸に決して止まる事の無い<泉>を持ち、首筋には主たる貴族に命を吸わせるための<飲み口>を持った不死者の一人であるのだが・・・。おかしい。何かがおかしい。今の生き方は正しいと教えられてきた。しかし、何かがおかしい。
そんなエドガーの疑念は<刈り入れ>を行うために一千年の眠りから覚めた七本腕のジェシと呼ばれる少女に出会った事でさらに膨らんでいく。ジェシカこそが、その身の内に七体の魔神を宿した<刈り入れ>を行う宿命の娘だった・・・。
異様なモラルと常識に支配された世界を描き出し、読者を想像の迷宮に運び込む未来世界ファンタジー作品です。

全然

ストーリー紹介が上手く出来ねえ!
というか、こんな奇怪な方向に歪んでいる世界が舞台の物語は結構久しぶりかも。
上のダメダメなストーリー紹介を読み切っていただければ、この物語が吸血鬼の出てくる話で、人間が吸血鬼に支配されている存在となっていて、その両者の間を挟むように献身士という存在がいる事が分かってもらえる・・・んじゃないかと思います。いや、分かんなくても無理無いけど。
あれか、トランプゲームの「大貧民」とかに喩えると分かりやすいのかな?

  • 貴族:富豪
  • 献身士:平民
  • 人間:貧民
  • 魔神:「革命」のカード

という感じのパワーバランスを持っています。
しかしただ単に対立する関係かというとそうでもなくて、命を消費しあって成り立っている共依存の関係というか・・・ああややこしい。生死観が違いすぎるこの作品をどう説明したら良いんだろうか?
登場人物の中で「淘汰」=「死」という過酷な自然の外圧に対して根本的に疑問と怒りを感じているのはエドガーとジェシカだけだったりします。
ちなみに普通の人間と献身士はこうです。

「問おう。生徒達。強攻遠足とはなんだ?」
「強攻遠足とは、わたしたちを淘汰するための重大な試練です。あらゆる淘汰圧に耐え、試練を生き延びた者だけが、さらなる進化を目指すことを許されます」
「さらなる進化とはなんだ?」
「不死の命を授かることです。銀の心臓と、赤銅色の飲み口と、永遠の生を勝ち取るために、わたしたちは試練に挑むのです」

そのために人間達は培養され、養殖され、育成され、淘汰され、僅かな者達が献身士として生き残る・・・。それ以外——つまり死者——は全て「カロリー」です。

そして

<刈り入れ>を行うジェシカですが、彼女は<刈り入れ>という名の大淘汰を行うことを魔神達によって強制された存在でもあります。
なぜ彼女の内に七体の魔神が封じられたのか? といった根本的な理由まではこの話では明かされませんが、ジェシカに責任があるという訳では無さそうです。彼女は・・・自分の役割に疲れきっているのです。
異様なまでに研ぎすまされて閉塞へ向かっている異常な未来世界がこの物語にはあります。全ておかしい。読者である私の感覚からすれば全ての登場人物が等しく狂っているような・・・いや、唯一まともなのは魔神をやどしたジェシカだけかもしれません。

「正しいこと、か……」
少女は、なにか硬いもの同士を打ちつけたような響きの声で、エドガーに問い返した。
「そんなふうなものの見方を、あなたは誰から教わったの?」
「え……。そんなの教わることなんですかっ!? 誰だって自然にわかることでしょう!」
「覚えておいたほうがいいわ。献身士さん。正義には流行りすたりがあるの」
淡々とジェシカは言葉を連ねた。
「人間だけが特別な、高等な存在だと考える時代は、一千年以上も前に終ったわ。ここにあるのは単なる淡白資源で、それ以上でも以下でもない。正しいとか悪いとか、罪だとか、そんなことよりも大事なのは役に立つかどうか。生きているものが、生きていくために、どんなふうに使えるか。……もしも献身士さんの言うとおりに、誰にでも自然にわかる大事なことがあるとしたら、それはきっと、食べられるかどうかの区別くらいじゃないかしら」

それは冷徹な自然の掟。しかしジェシカの口調は冴えない。
彼女こそがその掟を信じていない。彼女こそこの世界における一つの掟——刈り入れ——の体現者であるのにも関わらず・・・。そしてジェシカがそれを信じていないことにエドガーも気がついてしまう・・・。
彼ら二人は宿命と使命、そして新たな意思の元に歩いていくことになります。その先に待ち受けるのは何か・・・正直予想が全く付きません。

総合

星4つにしちゃおうかな。
話の分かりやすさ、分かりにくさという意味で言えば読者を選びそうな感じがもの凄くするのだけど、個人的には良く作り込まれた世界観が非常に魅力的に感じたので、全体で星3の、気分で星1つで合計4つ星という感じかな・・・でもあと一歩で5つ星にしてしまいそうな気分です。
個人的に吸血鬼というネタが好きなので、珍しい吸血鬼の存在する世界観を作ってくれた事をとても嬉しく思いますね。BBBの時も新しい吸血鬼だなあ・・・と思いましたが、この作品は吸血鬼含む全てが珍しいです。
え、珍しい? 新しいじゃないの? と聞かれそうですが、新しいというよりは珍しいですかね。自分でも良くわかりませんが、物語の語られる視点も、登場人物の感覚も、世界観も、新し過ぎて珍しい感じと言えば判ってもらえますかねえ・・・。
うーん、本当に説明に困る作品ですよ。でも、もし読んでいない人がこの感想で興味を持ったなら、是非手に取って欲しい一冊です。ちなみにこれ1冊では完結してませんので、その辺りはご注意を。