桜田家のヒミツ〜お父さんは下っぱ戦闘員〜

桜田家のヒミツ―お父さんは下っぱ戦闘員 (電撃文庫 か 15-1)
桜田家のヒミツ―お父さんは下っぱ戦闘員 (電撃文庫 か 15-1)柏葉 空十郎

アスキー・メディアワークス 2008-06-10
売り上げランキング : 105376

おすすめ平均 star
star江戸前ツンデレ特撮人情SF
star確かにカオスな物語

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ストーリー

時は21世紀。経済の破綻した激動の時代をくぐり抜けた後、世界には一つの組織が出来上がっていた。その名も地獄十字軍。読んで字の如くというか印象そのまんまと言うか、悪の秘密組織である。
で、桜田源之助(さくらだげんのすけ)41歳は頑固一徹が原因で職を追われ、結果としてその悪の秘密組織に席を置く事になってしまっている下っ端戦闘員である。我ら読者の一つの原風景ではないかと思われるチープな特撮のアレである。
そんな源之助が大黒柱の桜田家は、どこにでもあるような・・・いやどちらかと言えばかなり慎ましい暮らしをしている小さな家族である。源之助の妻である芙美枝、一人息子の源太郎の3人家族。ご飯の時間には元気に三人そろって「いただきます!」を言うなんとも微笑ましい一家であった。
が・・・なんの因果か偶然か、地獄十字軍の任務で大財閥のお嬢様(地獄十字軍が誘拐した)・麗華を預かる事になってしまったのだが・・・?
あとがきによると10年間挫折に挫折を繰り返した上でのようやくの出版という感じの本作ですが・・・いやいやいや! 経験が人を育てたか、時間が味を醸したか、読ませる読ませる! 実に面白いハートフルなライトノベルです。

一言で言えば

「可愛い物語」でしょうかね?
まず、桜田一家が実に良いのです。

  • 頑固一徹の江戸っ子でありながら情にもろく、もの凄く不器用だけど実は心優しい父である源之助。
  • 源之助の恋女房でしっかり者かつ母性本能溢れて懐のふか〜い所を見せてくれる母の芙美枝。
  • 父の背中を見て育ったせいか何かというと「男は〜」と言い出すけども、素直で真っ直ぐな源太郎。
  • 究極お嬢様かつ天才的な科学者でありながらも家族の繋がりを知らずに育った麗華。

これらに加えて、

  • 意外に真面目で経理も厳しきゃ仕事のシフトも厳しい悪の組織・地獄十字軍。
  • 地獄十字軍に対抗する正義の味方であるその名もピポレンジャー。
  • 麗華の実家で巨大な資産を持つコングロマリット真木家。

なんて設定があって、さらには、

  • 下っ端戦闘員の労働者としての悲哀。
  • 変身怪人に訪れる運命の裏側に隠された悲哀と野心。
  • 少年と少女の恋と、連れ添った夫婦の間にある信頼と愛情。

・・・とまあそんなものがごった煮状態で鍋にブチ込まれた結果、かなりいい塩梅に化学変化を起こして最高の一品に仕上がっているという感じです。

なんとも

色んな要素の詰まった作品でして簡単に説明するのはとても難しいのですが、その辺りをセリフの引用をする事でなんとか伝えてみたいと思います。

「しっかし、ひでぇよな。あのピポレッドとかって女。日本刀なんかふり回しやがってよ。いくらこの戦闘服が刀でも切れない特殊繊維でできてるからって、打撃の痛みは丸々くらうんだ。鉄の棒で人様の頭を殴るのと一緒だぞ。殺人未遂もいいとこだよ、警察のくせに」
「まったく、おっかない姉ちゃんだったよ」

いつだって辛い下っ端戦闘員・・・。ううう・・・IT土方よりキツイ。

「それにピポレンジャーの奴ら、なんだい。四人がかりでたった一人を押さえこんで爆殺するなんて、集団リンチもいいとこじゃねえか。しかもこっちは悪事を働くっても他人様を殺めたことなんてないのによ。それを毎回毎回、改造人間が出る度に集団で爆殺しやがって」
「あぁ、爆殺はひどいよな。子供たちに見せたくないね……教育上よくねぇよ」

嗚呼、改造人間の悲劇・・・。
ちなみにこの後「こういった光景を日常的に目にしていると、子どもたちが学校でいったん自分たちが正しいと思いこむと、みんなで一人の子をいじめることを当然と考えるようになってもおかしくない。」なんて続きます。・・・悪辣で残虐なフィクションより正義を容易く謳う暴力的なフィクションとかの方が危険、なんて研究結果もありますしねえ・・・。

また

桜田家の日常風景にも見せ場が沢山あります。

「母ちゃんの作ったハンバーグとコロッケは世界一美味しいんだ!」

美味しい料理を食べ慣れた麗華の否定の言葉に対して真っ直ぐに言い返せる源太郎。頑固ですがシンプルイズベストで気持を一番大事に出来る良い子です。
そして、彼らの慎ましくとも優しく、偽りのない暮らしに触れていくうちに超の付くお嬢様でただの傲慢な天才だった麗華も少しずつ変化していきます。

本当に可哀そうな人は、大切に思っていても応えてもらえない人なのではなく、大切に思ってくれる人がいるのに気づけない方だったのだ。

麗華は一歩だけ階段を上ります。ただの我がままな少女から、本物のお嬢様に。
大切な一線の存在を知った少女は急速に大人になっていきます。守るべきものと大切なもの。心の中に灯すともしびは決して絶やしてはいけないのだと。その為にはプライドなんてちっぽけなものは捨て去るべきだという事を。

総合

星5つ。見事に面白い!
サラリーマン的な悲哀が書かれたかと思えば、コメディタッチで組織の可笑しさが語られ、さらには不器用な夫婦の愛情が書かれたかと思えば、少年と少女の成長が書かれる・・・。いやあ、どこまでも読ませてくれる良作です。
物語的には続ける余地がありそうですが、この話自体はこれ1冊で大事な部分はキレイにまとまっていると言えそうなので(まあ回収しきっていない伏線なんかもありますが)とりあえず読んでみる事をお薦めします。ライトノベル現役世代に読んで欲しいというよりは、労働者暮らしをした事がある20代以降の人に読んで欲しいですねぇ・・・。うんうん、経理のオバチャンと源之助のやり取り(経費で落ちるか落ちないか)なんてなんだか他人事と思えないですなあ・・・。
ちなみにイラストはりょーちも氏ですが、画風が作品に見事なまでにマッチしています。カラーイラストも白黒イラストもどちらも躍動感があって良いですねえ・・・!

感想リンク