黒猫の愛読書(1) 隠された闇の系譜

黒猫の愛読書 I -THE BLACK CAT’S CODEX- 隠された闇の系譜 (角川スニーカー文庫 209-1)
黒猫の愛読書 I  -THE BLACK CAT’S CODEX-  隠された闇の系譜 (角川スニーカー文庫 209-1)藤本 圭

角川グループパブリッシング 2008-09-01
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おすすめ平均 star
star魔導書ファンタジー、第1巻です!

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ストーリー

紙村綴(かみむらつづり)。高校生。
その名の通りというかなんというか本が大好きで、しかも古本屋の孫で、何故か「本の声が聞こえる」という不思議な力を持った少女。でもその力を特別な何かに生かす訳でもなく、今日も仲良しの本達と一緒に地味な学生生活を送っていた。学校では当然、図書委員。クラスでは当然、目立たない娘。
そんな彼女がいつも通り図書室で本を読みながら過ごしていると、一つの依頼が舞い込んでくる。上下巻の本の下巻だけが図書室に無く、どうやら貸し出されたまま返却がされていないらしい。それを回収してくれと言うものだった。
綴が図書委員としてその本の行方を調べていくと、その本に幾つか奇妙なところがある事に気がつく・・・。そしてそれと時を同じくして彼女の前に現れる猫目コウという奇妙な男性。
一冊の本を切っ掛けにして巻き起こる奇妙な事件と、その裏側に隠された魔道書によって起こる異常な事件。それに巻き込まれた綴の運命は——? 本と魔術を扱った新シリーズです。

うう〜ん

ライトノベルには沢山「魔術」というものを扱った本があるけれども、やっぱり好き嫌いがあるんです。
余り好きではないと言えば「呪文を唱えた——火の玉が出た」みたいなRPGゲーム的なモノですかね。スレイヤーズ辺りに代表される魔術でしょうか。
まあ上手く書けていれば本としては楽しめるんですが——魔術には魅了されたりはしません。例えば有名な「ゼロの使い魔」にも魔法が出てきますが、個人的にあの本で使われる魔法には特に魅力を感じません。

ただし

この本で扱われる魔術、これは好きだわ。
本でしか味わえないような重厚で陰鬱として黒々している魔術。失敗したら歯が全部抜け落ちるくらいのリスクを伴っていて、魔術を使うことがそのままその人物の人生を左右してしまうようなもの。そういう魔術ですね。
個人的にどうしてもこういう魔術に惹かれてしまうんですね。
しかも魔術と切っても切り離せない「魔道書」が出てきていて、これが稀覯本として世界の裏側を流通している訳です。そして主人公の少女は重度のビブリオマニアで、しかも「本の声が聞こえる」という奇妙な能力を持っている——とくれば、話に引き込まれない訳にはいきませんでした。なにしろ共感出来る部分が多すぎます。

また

ライトノベルとしては重厚な文体が作品全体の雰囲気を盛り上げるのに一役買っていますね。
パッと本を開いたときに感じる紙面の黒さ——。これは文字がびっしりと行き交っている証拠であり、そして同時に漢字が多用されている証拠でもあります。やはり魔術を扱うなら、この黒々とした雰囲気が無いとね・・・などと読みながら思ったものです。
イラストもライトノベルでは大事な要素ですが、文章が目に飛び込んできた時に作るイメージも同じくらい大事——そう思いませんか?
そういえば私の好きなシリーズ「時載りリンネ!」も同じような印象を受ける本でしたね。ページを開くと、そこを埋め尽くす文字の奔流が心地よいのです。もちろん読めば大きな違いがあって、あちらの文体は初夏の空気を持っていて、こちらの文体は夕暮れの物寂しさを持っているという違いがありますが。

ところで

ここまで書いてきてようやくキャラクターの話になりますが、主人公は上でちょっと書いたとおり「本の声が聞こえる」という特殊な力を持った少女です。綴はまさに文学少女そのままという感じの地味〜な少女です。野暮ったい眼鏡をかけて、人と話をするより本と戯れている方がずっと安心できるといういわば「暗い」少女です。
なにしろ人慣れしてないので、学校で有名な美男子に声をかけられただけで、

「君、一年生だよね?」
柚名は屈託のない笑顔で綴に話しかけてきた。白い歯がまぶしい。
「は、はひぃ!」

こんな塩梅です。
でもその反面、心の内側を渦巻く妄想は止まるところを知らないようなところがありまして、

——もし自分がキャサリンだったらどうしよう。きっとリントン家に嫁ぐような馬鹿な行動はしない。どんなに貧乏でも、愛したヒースクリフにどこまでもついて行くに違いない。そう。ヒースクリフはそれ程に魅力的な男性なのだ。粗暴で強引な無頼漢。でも愛した女性のためなら命までも捧げる執念と情熱を持つ伊達男。優雅で洗練された貴公子も素敵だが、そんなワイルドな男性も捨てがたいなぁ——。そんな男性が突然目の前に現れて、強引に迫ってきたらどうしよう——。ああああああ、困っちゃう——。

絵に描いた餅で悶える少女。うーん、堪りませんなこれは。
まあここまでで分かるでしょうが、綴はただの少女以上に臆病で引っ込み思案ですから、物語内で命に関わるようなトラブルに巻き込まれた後などは、

——助かった。良かった。生きていた。怖かった。
「うえ〜〜ん!」
思わず綴は大きな口を開けて号泣した。

とにかくそんな少女です。
でも、それが普通で、普通だからこそ見える物語というものが確かにあって、それがとても魅力的なんですね。個人的には即座に嫁にしたいくらいに魅力的な少女だと思いました

そして

そんな彼女の前に現れる「稀覯本探査家」猫目コウが、彼女を守りつつ物語を率いて進める役目だとすれば、綴を陰ながらバックアップするのが、彼女の大切な友人達である——本そのものです。

(ダイジョウブカ?)
(シッカリシロヨ、オレタチガイルジャン)

(……勇気ダセヨー)

なんて感じです。
年経た本は老成した精神で、若い本は幼い心で、彼女が物語の中を歩いていくのをサポートするのです。これがまた妙に可愛らしくてですね・・・なんだかよく分かりませんがとても萌えました。

これらを

ベースにして物語は進みます。
綴は一冊の本の行方を追ううちに奇妙な符号に気がつき始め、そしてそれが失われた魔道書「N断章」、謎の組織「アスカロン」に関連した異様な世界に巻き込まれていくことになります。
一人の味方——猫目コウの存在はありますが、結局の所綴自身は大して力を持たない非力な少女です。その綴が事件にどう向き合って、何を感じて、そして最後に何を手にしたのか・・・是非自分の手で読んで確認して下さい。
私はラストまで読んで、綴が手に入れた「あまりに些細なもの」にちょっとびっくりして——そしてそのあと深く納得しました。良くも悪くもそれが普通で、でもそれこそが素敵な変化で、そして人の愛おしいところなんじゃないかと思ったからです。

総合

星5つ。嬉しい新シリーズ発見ですね。
作品の扱うところは全く違いますし、雰囲気も全く違いますが、上で引き合いに出した「時載りリンネ!」が好きな人なら楽しめる作品じゃないでしょうか。
リンネと違って綴は間違っても冒険心溢れる少女ではありませんし、同時に勇敢でもなければ、元気溌剌という感じでもありません。でもその綴が遭遇する魔道世界は、強い闇の匂いがする大の大人でも腰が抜けてしまいそうなもの。
しかし、綴はそこを通り抜けて少しだけ変わって日常に帰ってきます。それを考えただけで・・・ちょっと読みたくなってきませんか?
イラストはDite氏ですね。カラーイラストも白黒イラストも両方ともお気に入りですね。カラーは美麗、白黒は特徴を捉えるのが上手という印象です。

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