迷宮街クロニクル1 生還まで何マイル?

迷宮街クロニクル1 生還まで何マイル? (GA文庫)
迷宮街クロニクル1 生還まで何マイル? (GA文庫)林亮介  津雪

ソフトバンククリエイティブ 2008-11-15
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おすすめ平均 star
star彼らの生命線は短い。
star読み返した回数は2桁です
starこの街では人は簡単に死ぬらしい

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ストーリー

古都・京都。雅な観光名所であるはずのその地は、ある日襲った大地震によってもう一つの顔を持つに至った。
迷宮街。大地震によってポッカリと口を開けた大穴より先に広がる地下迷宮と、そこに蔓延る化け物たちによって新たに作られた歴史は、その地を人々にそう呼ばわせた。
そしてまた、迷宮街は一攫千金を狙う若者たちの集う街ともなった。地下の怪物から得ることの出来る貴重な物質の数々は探索の成功者たちに普通の暮らしではあり得ないほどの富をもたらしたからだった。それはしかし、死の危険と隣り合わせの栄光だったが。
そしてまた今日も、それぞれの思いを胸に抱いて若者たちが迷宮街を訪れる。真壁啓一もそんな一人だった・・・。
地下迷宮を舞台にして繰り広げられる若者たちの姿を描いた冒険小説の1巻です。

あ〜

この作品は「和製ウィザードリィ」の一言で概略は説明できそうですね。
おそらく作者もあの名作「狂王の試練場」を多分に意識しながら作品を作ったに違いありません。オマージュと言っていいであろうものが沢山この話には取り入れられています。まるで「ADVENTURER'S INN」のような「木賃宿」。まるで「GILGAMESH'S TAVERN」のような「北酒場」。まるで「BOLTAC'S TRADING POST」のような「商社営業所」・・・。読んでいて妙なノスタルジーを感じてしまいました。
そして地下へ探索へと向かう6〜7人で構成されたパーティ。職業こそ違いはありますが、前衛と後衛で構成されるその集団はそのままWizといってしまっていいでしょう。しかも、アライメントの概念まで取り入れているところは恐れ入りました。GOOD、NEUTRAL 、EVILという区分けではなく、「退治」「放置」「状況次第」という現代日本的なものに置き換えられていますが・・・。
登場する怪物にまで似ているところがあるのはちょっと苦笑しました。彼、多分ネタ元は「Murphy's ghost(マーフィーズゴースト)」なんですよね・・・。あと、「Vorpal Bunny(ボーパルバニー)」も出てましたな、得意技まで一緒で!

で、

ここまで似てる似てると言ってきましたが、じゃあこの作品が既存のウィザードリィ小説のパクリであるかというと、私は全くそう思いません。
何故ならば、舞台から、登場人物、システム(ゲームチックですが)まで見事に日本的に、そして新しい試みを取り入れつつ作り替えられているからです。そしてそれがよく練られているため、読んでいて物語としての違和感を全く感じないんですね。
新たに迷宮街を訪れた若者の一人である真壁啓一の視点を中心にして語られるこの探索行は、酷く現実的な輝きを帯びて物語として成立しています。未熟な冒険者が、徐々に経験を積んで成長していく姿が丁寧に書かれたこの作品は、だれが読んでも面白いでしょう。

しかし

惜しむらくは、この話は淡々と日常を描くタイプの作品であるため、物語的に特に盛り上がるところがないという所ですね。
本書のラストもとてもあっけなく訪れます。そういう意味では・・・この一冊で見た場合には明らかに尻切れトンボの印象ではあります。それが残念と言えば残念でしょうか。でもまあそこまで望むのは酷かも知れないですね。
あと、この話は主人公の真壁の日記と言う形式で多くが語られ、その間を他の多数の登場人物の視点で埋めるという構成になっています。基本が「日記」の記述(つまりあくまで既に起こった「過去」の出来事)と言うこともあって、その場で体験するようなリアルタイムの緊張感を期待するのは難しいでしょう。でもそれも一つの「味」でしょうかね。日記形式だからこその楽しさがあるのも確かです。
ただ・・・やっぱり上で「オマージュ」と表現したこともあって、私にとってはちょっと新鮮味に欠ける部分が多い物語ではありました。「隣り合わせの灰と青春」や「風よ、龍に届いているか」を読了済みの方は、多分私と同じ感覚を持たれるのではないでしょうか。

総合

星4つですね。
読み始めたら最後まで読みたくなる楽しさは保証したいところです。丁寧に描写された迷宮街に住まう住人たちの悲喜こもごもはきっと誰が読んでも興味津々ではないでしょうか。
しかもこの話にはWizにあるあの「TEMPLE OF CANT」つまり「カント寺院」がありません。そしてまた同時に「死からの復活」もありません。死は絶対的な終焉として物語に横たわっています。そしてその「死」を目の前にしながら冒険者たちは今日も迷宮へと降りていくのです・・・。

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