円環少女(9)公館陥落

ストーリー

《公館》が焼け落ちた。
《鏖殺戦鬼》を抱え、魔道世界に恐怖を持って睨みを効かせ続けていた《公館》は、十崎京香も凶刃に痛めつけられ生死の境を彷徨う。しかし、その最も恐るべきことは、《公館》に火を放ち、京香を傷つけたその敵が、あの《鬼火》と呼ばれた恐るべき男・東郷永光であったからだ。
時代と共に変わりつつある《公館》に叛旗を翻した《鬼火》と《鬼火衆》は、全てを擲って地底深く隠された魔道世界の秘密——《門》を目指す。そして彼らの足音に重なるようにして近づく神聖騎士団の軍靴の音——。
一命を取り留めた京香は、反乱者である東郷を撃つことを決意する。そして、そこで選ばれたのはだった。仁は自分が生き残るために避けることの出来ない戦いを迎え撃つため、再度あの深く暗い地底の奥底へメイゼルと共に潜っていく・・・。そこには《鬼火》との命のやりとりが待っているはずだった。
しかし、事態は混迷を極める。彼らが地の底で見たもの——それは、仁の妹である舞花が命を燃やし尽くす理由となったであろう秘密だった。神聖騎士団と《公館》、ひいては日本政府、さらには世界のパワーゲームまで巻き込んだ陰謀の糸を引くのは一体何者か?
人間の全てをさらけ出さんとする苛烈な世界を舞台にして綴られる、恐るべき小説の9巻です。

なんというか・・・

読めば読むほど、話が進めば進むほどため息しか出ないような話ですね。

「……東郷を、撃ちなさい」

この一言を目にしただけで、その後に続くであろう恐るべき激闘が想像できてしまって身震いした私です。
それは《鬼火》の強さを知っているという事もあるのかも知れませんが・・・多分それだけではないのだと思います。これは読み終わった今を以てしても良くは分からないのですが、恐らくこの話の中の「誰かの死」は、私の中でもう単なる文字の羅列では無くなってしまっているのだと思います。
血煙に塗れた人生があった。一瞬で生死を交換するような人生があった。誰にもその命の意味を知られずに消えゆく人生があった。・・・それら全てを刃の奥に秘めて歩き続けたであろう《鏖殺戦鬼》・東郷の「夢の終わり」が壮絶でないはずがない。それは容赦のない命の掟に縛られた「単なる死」でありながら、決して「凡百の死」ではない。そう思ってしまったからです。
そして、この話はそうした読者の想像を決して裏切りません。

「この世界は《地獄》にあらず。だが《地獄の鬼》なら、”ここ”にいるぞ!」
東郷が腹の底から押し出した咆哮が、魔法使いたちを震え上がらせた。
「ここにいるぞ!」

また

今回は一つの転換点が仁に訪れることになります。
・・・いえ、このある種の「破綻」は、読者からすればいつか訪れるであろうと考えられるものだったのですが・・・。

あたたかい時間の中、仁の胸に氷点下の理解が滑り込んだ。


彼は「しあわせになりたい」のだ。

それは「偽善者」でいたかった仁にとって恐ろしい閃きだったのでしょうが・・・でも、私からすれば「そういう”欲”を抱え持った仁という男を主人公に据えていたからこそ」この話にどこまでもついて行きたいと思っているのです。

武原仁は、もはや”偽善者”ですらなかった。この夏、彼は地下都市で王子護ハウゼンに、「自分の欲のために他人を踏みつけにするのは”悪”だ」と言った。そのことばが、そのまま反射していた。しあわせになりたい”欲”のために、立ち塞がる者を排除する仁自身が、”悪人”だった。

仁は、自分も自らの欲望のために何かを踏みつける「悪」であると自覚します。でも、それが一体何だというのでしょうか? 私たちは自ら進んで人の罪科までをも十字架として背負い神に近づこうとする男の物語が読みたいのでしょうか? きっと違う、いや絶対に違うと言ってしまいたいです。
悪で構わない。そして欲を持って構わない。自分の歩いてきた道の罪深さに恐れ戦きながらも、まだ先を見て這いずり回るような弱く、しかし強い人間の物語が読みたいと思っているのです。私たちが求めるヒーローは、いつだって「独善」という悪に塗れていませんでしたか?
確かに彼は悪かも知れません。自分の欲のために他者を排除する者かも知れません。しかしこの物語を最後まで読み切れば、仁の選び取った「悪」は、決して彼一人だけ「しあわせ」のためものではないということが分かるのではないでしょうか。

「————約束するよ」
はじめてしまえば、東郷が道に殉じようとしているように、方向転換はむずかしかった。それでも、彼が魔法使いたちと最後まで歩んでやるなら、道はここだけだった。
「おまえひとりだけ助けられるのがイヤなら、おまえが助かる世界を作ってやる」

自分を含め、可能な限り多くの人の「しあわせ」を実現するために自らを悪に堕とす者を、人はきっと”英雄”と呼ぶのだと思います。

そして

相変わらず怖いのは女性陣ですが・・・今回もメイゼルは仁の考えていることの向こう側にいたりします。傍にいたり、向こう岸にいたりと忙しいメイゼルですが、それが魅力的なのは間違いありません。

「せんせ、がんばりなさい! 勝ちなさい!! せんせは、女に夢を見せるって言ったのよ」

なんというか、しみじみと怖いことを言ってくれる少女であります。
また、今回登場機会が余りなかったきずなですが、彼女は彼女で父の死の真相を知りつつも前に進もうとしています。そしてその進む方向はやっぱり仁の想像の向こう側だったりするんですが・・・。

「でも、なんか、かわいいですよね。応援したくなりませんか。”親子で”夢を追いかけてるのって。……ほら、学生時代に野球やってたお父さんが、子どもとキャッチボールしてあげてるとことか。ああいうの、お弁当を持ってってあげたいって感じしませんか?」

この時のきずなは仁の決意を何も知らずに話している訳ですが・・・いやいや、きずなに限らず女性の感情にかかったら、どんな「男の世界」だって粉々にされてしまうんですよね、きっと。

総合

星5つです。もうすっかりメロメロですね。
ラストシーンで、戦いが通り過ぎた後の仁たちの姿が何故か眩しく感じました。理由はよく分かりませんが、きっと必死で生きているという感じが物語全体から押し寄せてくるからなんじゃないかな、なんて思ったりもします。
一皮剥けた仁、メイゼル、そしてきずなが今後どういう風に魔法使いたちの煉獄を生き延びていくのか今から気になって仕方ありませんね。
しかし、回を追うごとに難解な構成になるこのシリーズ、読み直しても微妙に訳の分からないところが出たりするから困ったもんです。本当にこの解釈で合っているんだろうか? などと思いながら行きつ戻りつして読み進めるのも、でもこの作品ならではの楽しさでしょうかね。

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