少年テングサのしょっぱい呪文

ストーリー

少年はテングサと呼ばれている。本名は柳原心太(やなぎはらこころ)なのだけれども、心太はつまり素直に読めばトコロテンなのであって、原材料が海藻のテングサなのである。よってテングサである。
少年はまた邪神法人ジゴ・マゴの実際の代表でもある。邪神法人とは法的に登録を済ませて法人格を持った邪神のことで、邪神ジゴ・マゴはテングサに取り憑く形でこの世に存在する超知的生命体である。しかし、取り憑いているからと言ってテングサ少年がなんだか凄いパワーを発揮できたりする訳ではないし、正直不運になったりすることもあるし、奇妙な依頼が飛び込んできたりもするのでテングサ少年としては面倒な事以外の何者でもない。
そんな状況ではありながらも、テングサ少年は今日も今日とて憧れの美しき先輩・夏恵(なつめぐみ)がバイトしている喫茶店・「不眠症」にて友人であるところのあっちゃんサトルの3人で、積極的に青春を浪費しているのだった。ちなみに3人ともとてもバカだったりする。
そんなある日、テングサ少年に取り憑いている邪神ジゴ・マゴに「人を殺して欲しい」という物騒な依頼をしてくる人間が現れて? ・・・という感じのバックボーンを持った青春(青春と書いて馬鹿と読む)ライトノベルが発進です。

二丁目の交差点から17軒目で  時々走って2分と15秒

平均112、3歩目に我等のコーヒー・ベーカリー「不眠症」がある——などという書き出して元ネタが分かる人はどうかと思う訳で、とにかく往年のバカ大学生的なノリで喫茶店に通い詰めるテングサをメインとした話な訳ですが、この作品の中に漂っている雰囲気を説明するのはとても難しいです。ツッコミ役が存在しない状態でひたすらバカ話をしている感じなんですが。

「ほら、ケツ拭くじゃない」と言い始めたのはサトルだ、例によって『不眠症』の中だ。
「なんの話」
僕が訊く。
「だからさあ、うんこしたらケツ拭くじゃない」
「そりゃ拭くよ」
「でさあ、時々ね、いくら拭いても現物が紙についてくることない?」
「確かにあるねえ。最後はケツが痛くなってくるんだよね」
同意を求めようとあっちゃんを見ると、「うちはウォシュレット」と言った。
「まあとにかくさあ」めげることなくサトルは話を続ける。
「なんか、ケツ全体がうんこでできているんじゃないかっていうぐらい終わりなく無限に拭けるよなあ。あれ、いったいどうなってるんだよ」
「原因を僕に訊かれてもなあ」
「じゃあ、誰に訊けばいいの」
「うんこ」

まあとにかくこういうノリです。野郎があつまって話し込んでいても大抵録でもないことばかりであるという証拠みたいな会話な訳ですが、つまりこいつら確かにしばらく前は小学生だったろ、というあの感じです。バカというかどうしようもない感じです。

もちろん

話をしている相手はあっちゃんとサトルな訳ですが、驚くべき事にこの二人の本名もかなり泣かせます。あっちゃんは鈴木地球(すずきあーす:本名)だし、サトルは佐藤流星愛(さとうるきあ:本名)だったりします。テングサ少年と同じように、とんでもない名前をつけられてもの凄く名前負けしてしまった残念な三人組と言えるでしょうか。とにかくそろって気の良い奴らであるかわりにバカです。
ちなみにヒロインは我らが憧れの夏恵(通称ナツメグ)なのですが、胸は大きいわ人当たりは良いは美人だわ表紙にでかでかと描かれているわとパーフェクトな感じの年上のお姉さんです。実はもう一人テングサの愛人を名乗る結構可愛い少女・江戸川輝麦酒(えどがわピカビア:本名)というやっぱりかなり残念な名前の少女が出てきますが、多分まだヒロインゲージが満タンになっていないのでしょう。ナツメグの位置につけるにはしばらく時間がかかりそうです。こちらもバカですが気の良い少女です。

ところで

のっけから邪神だの邪神法人だのと出てくるとライトノベルではありがちな展開を想像してしまいますが、なんか奇妙な方向にねじれています。どういう方向かというと、こういう方向です。

「で、設立登記完了届出書とかはどこかな」
「何それ」
「何それって……もしかして、果たし合い許可申請したことがない?」
ネチカは不安そうに頷いた。
「だよね。最近じゃあ滅多にないからなあ、果たし合い。あのねえ、登記事項証明書の写しとか登記簿謄本とか必要なんだよね。それから果たし合い許可申請書に代表者の実印が抜けてるよ。もちろん印鑑証明もつけてね。それから、あんたが代表者じゃないよね」
「当たり前よ。仮想人格が法人の代表者になれるわけがないじゃない」
「そうだよね。でもそれなら委任状も必要だよ。それからあんたの自己証明類も、仮想人格の場合、いろいろとややこしいみたいだね」

とにかく邪神同士の果たし合い一つにとってしてもお役所的な書類の処理が必要になるという感じです。よく分からないノリではありますが、とにかくそうして人間と邪神は付き合っている状況な訳です。ちなみにネチカというのは邪神の仮想人格なのですが、その辺りも正直説明が面倒なので本書を読んでください。気の良いバカです。

じゃあ

終始そういうノリで話が進むのか? と言われると実のところそうでもなくて、かなりシリアスな展開が待っていたりします。
グロかったりエグかったりするような展開もあったりします。ちなみにエロかったりはしません。青春はそんなに都合良くエロかったりはしないという嫌なリアリティがあります。
・・・このあたりについて(も)上手く説明できる自信がありませんが、こう、なんというか、青春って時々もの凄くシリアスでもの凄くエグい展開が日常のおバカ話のすぐ裏側で起こったりすることがあるじゃないですか。ああいう感じですね。おバカとシリアスグロエグは一心同体というか問題無く同居する関係にあったりするのです。
で、その出来事に我らがテングサ少年を主人公として相対することになるわけですが、彼も少女ピカビア(輝麦酒)と同じようにヒーローゲージが満タンになっていないので、シリアスな出来事と正面切って戦うにはまあ色々と足りないところがあるのです。ちょっと残念な主人公です。
でも大抵の読者はヒーロー・ヒロインではなくちょっと残念な感じのする普通の人だと思われるので、違和感なく感情移入出来るはずです。残念な私の場合、誠に残念ながら普通に感情移入出来てしまいました。本当に残念です。

総合

きりがないのでまとめに入りますが、サービス込みで星5つつけてみようかな、なんて思ったりします。
え!? 星5つかよ!? とか思うかも知れませんが、なんといいますか、私の中のノスタルジー回路がちょっと起動してしまったのです。連動してセンチメンタル機構も稼働してしまったのです。在りし日に大学に通っていたとてもバカだった私を思い出して(今とはまた少し違う種類のバカです)星4つなところが5つになってしまったのです。仕方ありませんね。
最後の最後には妙に泣かせる展開なんかも待っていたりして、個人的には大満足の一冊でしたね。イラストも良い感じですし・・・。とにかくキャラクターもストーリーも設定もライトノベルから半歩ずれたオリジナリティを持っていて実に楽しめました。ああ、バカであることはとても大変でエネルギーを必要とする事だ。だから大人になるとみんな自然と利口になってしまう。だからバカであることは悲しいことだけれどもとても素晴らしいことだ。なんて思ったりしたのでした。
個人的には30台から40台のオジサン連中に読んで欲しい本ですね。リアルタイム少年少女でも楽しめるとは思いますが、きっと歳食った連中の方が何かと思うところがあるに違いありません。

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