ラジオガール・ウィズ・ジャミング

ラジオガール・ウィズ・ジャミング (電撃文庫 (1288))
ラジオガール・ウィズ・ジャミング (電撃文庫 (1288))深山 森

メディアワークス 2006-07
売り上げランキング : 195189

おすすめ平均 star
starとりあえず、BUNBUNさんのイラストはサイコー

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

まず簡単な舞台背景を説明します。
ラジオガール・ウィズ・ジャミングの舞台は激しい戦争後、復興過程にある西部の都市・シムカベル市。戦後の匂いを色濃く残すこの都市では、あらゆる情報メディアが情報統制の名の下に禁止されていた。そのシムカベル市の夜の闇を、アンテナを担いで走る怪人の姿が。彼らこそがシムカベル市にその名を知られた海賊放送局、J・O・L海賊放送局だ!
いや、読んで最初に思ったのは、このインターネット全盛の時代、コンピュータネットワーク全盛の時代の出版物であえて「ラジオ放送」を話のメインに据えた話作りにまず「やられたっ」と思った。しかもアンテナをわざわざ設置に走り回っての海賊放送って・・・。もちろんこの辺りきちんとした技術的な裏づけありでアンテナ設置をして回っている訳です。
今の世の中ラジオはスイッチ入れてチューニングすれば聞こえるもんですが(当たり前ですね)、戦時下の世界、海賊放送ともなるとそんな電波の発信源の分かりやすい海賊放送などやれない訳で、結果アンテナかついで夜の中を奔ることになります。こうしたスピード感あふれる設定がまず良い。

一番この作品の優れていると思った所は説明的な描写のバランス感覚でしょうか。「ラジオガール・ウィズ・ジャミング」では作中で使用されるラジオ周りの技術的説明、武器・兵器関連の予備知識、復興中の都市の人々の暮らしや人間性、駐留する軍隊組織の内情や地元民との関係性、西部都市シムカベルの社会学的見地からの分析、国全体を俯瞰しての政治的な背景の描写などがあるのですが、これが、しつこくなく、かといって現状が曖昧にならない程度に情報を与えてくれます。
軍隊物とかを好んで書く作家にありがちですが、軍の内部の習慣だとか規律だとか特殊性だとかに愛着を持つあまり、描写がしつこくて読みづらいなんて事があります。戦記物なんかだと、政治的な駆け引きや戦術の描写に明け暮れてたりとか。で、結果として他の描写が疎かになって、一定の偏った趣味の人にしか読めない代物が出来上がっている・・・なんて事がありますが、「ラジオガール・ウィズ・ジャミング」においてはそれがありません。ライトノベルという分野では見事なバランス感覚ではないでしょうか。これを出来る人は意外といないと思います。

実際の物語は、人々にラジオを届けるJ・O・L海賊放送局のレコリスダニエル、シムカベルに駐留する軍隊のドロンを中心とした一団と、シムカベルを破壊しようとするテロリストの戦いを描いた作品です。単純に説明すればルパンと銭形と今週の敵(あるいは獲物)、といった感じなんでしょうが・・・実は彼ら全ての人間性にある程度共感出来るところがポイントです。
なぜならば、戦争によって一様に狂わされた彼らの過ごしてきた人生が、彼ら全員の行動に一定の真実を与えているためです。この辺り、もう十分に大人と言える年齢になってしまった私には「実に苦い・・・微妙に苦い・・・しかし面白い」といった感じでした。
戦い自体も単純な「誰が強い」的パワーゲームにしていない所も上手だと思いました。

ヒロインのレコリスは物理的に戦う力を(ほとんど)持ちません。彼女にあるのはラジオだけです。彼女はテロリストに対してどのような戦いを挑むのか。果たして勝利を収めるのは誰か? 必見です。
(以下ネタバレ反転)私は「レコリスの純粋だけどある意味危険な優しさ」と「シムカベルの名も無き愚かな住人達」の勝利だと思っています・・・。正しいとか間違っているとかは一切無く、それぞれの違う立場があっただけでした。それが逆説的に「力こそ正しい」とか「人間の本性は利己的で愚かな獣性」に繋がるようで、苦いです。この作品はそんなもの踏まえた上で書いているのでしょうが、あまりラノベではこうした苦い結論を見たくないです。私の考えすぎかも知れませんが・・・。

ラノベ365さんがオススメしている事もあって読んでみましたが、正直個人的には好みから外れるので星3つです。
話は面白いのですが、「本に没入して現実を忘却する事」を許さない「内容のほろ苦さ」があったので星3つという事ですね。しかしつまらないという意味では無く、私の好きなテーマとかがストーリーで扱われなかったという事でしょう。
簡単に言えば私という人間が「痛快アクション」と「ヒューマンドラマ」の二択だったら「痛快アクション」を選ぶ人間だっただけです。ですので内容自体は十分読み応えのある作品です。ですから読む人が変わればもっと良い評価が出るんじゃないでしょうか。読んでみた事が無ければ手に取ってみる価値は十分にありそうです。
立場を変えれば現実はコレだけ変わる・・・という多面的なものの見方を養う助けになりそうなんで、若者にぜひ読んで欲しい作品ですね。これがデビュー作という事らしいので、次があれば当然買わねばならんかな・・・と思える良作でした。

(追記)そういうカテゴリは無いけど、「要注目!」とか「PickUp」とか「敢闘賞」とかつくったらあげたい。好みじゃないけどちゃんと読ませてくれる作品だからね。