冬の巨人

冬の巨人 (徳間デュアル文庫 ふ 1-3)
冬の巨人 (徳間デュアル文庫 ふ 1-3)古橋 秀之

徳間書店 2007-04-10
売り上げランキング : 95687

おすすめ平均 star
starとにかく最後まで

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

まいじゃー推進委員会!さんで絶賛されていたのを偶然発見・購入・読破と進んだ訳ですが・・・これは確かに良い。分類的にSFとしていますが、厳密には異世界ファンタジー作品ですかね。

ストーリー

巨大な、あまりにも巨大な人影が、ゆっくりと果ての無いと思えるような雪原世界を歩いている。
その人影は”巨人(ミール)”と呼ばれた。
人間達はミールにしてみれば蟻のようで、ミールの足や腰、肩の上にへばりつくようにして暮らしている。ミールは雪に閉ざされた世界の中で人々が暮らすための世界そのものであり、街であり、謎の存在でもあるのだった。
そんなミールの上で人たちは街を作り、暮らしている。ミールの上には「天球(ニエーバ)」と呼ばれる選ばれたもの達が住める凍える事の無い場所があるかと思えば、寒さに怯えながら暮らす「天球の外」の厳しい外気に晒された暮らしもあるのだった。
少年・オーリャはそんなミールのはずれの街で貧しい暮らしをしている少年。彼は冒険心溢れる老教授のディエーニンに見いだされてミールの調査に協力して、時には巨人の足から吹雪の包み込む大地に降りてミールを見上げたり、あるいは空の上からミールを見たりしていた。
ゆっくりと人を、街を、世界を乗せたまま何処かに向かって冬を歩き続ける巨人、その千年の歩みの果てにあるのは果たして何か? 
世界を包む吹雪の白と、巨人の上に張りついた街の凍える錆色と、ほんの僅かに残った花々の色と、一瞬差し込む陽光の色——鮮やかに世界を切り取りながら、少年の冒険を描き、また人々の希望と夢を新しいイマジネーションに乗せて描き出したファンタジー作品。

世界観からし

実に良い。
古橋秀行の作り出した世界と細かな描写の数々、見事ですね
私は「作者がゲームの『ワンダと巨像』をやっていて、その時にこのネタを思いついたのかも知れない」とか瞬間的に思ったんですが、それにしたってここまでイメージを膨らませて、人々を息づかせた手腕はもう見事としか。こんなに脳内で色々な妄想が爆発する作品もそうはないです。なんというか、風景描写だけでどんぶり飯3杯位はいけそうというか、そんなんですかね。
うーん、久しぶりに「大予算かけて確かな実力を持ったスタッフ達が映画化とかしないかな・・・」とか思えた作品ですね。まあ、溢れ出すイメージは小説だからこそのものかもしれませんが、この話に絵がついて動いている所も見てみたいような気がします。

キャラクターも

いいですね。
そんなに会話が連続して続くような作品ではないのですが、各キャラクターがしっかりと立っています。また久しぶりにロシア系の名前のついた本を読みました(ひょっとしたら学生時代に読んだ「戦争と平和」以来かも?)。フルネームに加えてあだ名が付く感じがなんとも独特で良いですね。
主人公のオーリャは実は本名オレグですが、みんなオーリャと呼んでます。大人しくて優しく、素直で観察力に優れ、型に捕われない思考の持ち主として書かれます。ちょっとオーリャの紹介かわりに、教授と彼の会話を抜き出してみましょう。

「ミールが大雪原を超えてどこに至るのか! それは我々の認識を越えた、大いなる主題と言うべきだろう!」
「……仕事場に着いて、働き始めるんでしょうか」
オーリャが呟くと、ディエーニンは破顔一笑した。
「おお、巨人の街に、巨人の社会か! それはすばらしく壮大な想像だ! オーリャ!」

ディエーニンの人がらも良いですね。
また、ヒロインに可愛らしい女の子が出てくるんですが、その子のフルネームはエフゲーニヤ・コンスタンティナ・ザヴォーティナですが、愛称は「ジェーニャ」だったりします。いわゆる良いとこのお嬢様でおませな感じがしますが、いい子ですね。オーリャがスケッチが得意だと知ったジェーニャは彼を自分にとって特別な場所に案内して、その上で自分の絵を描くように催促します。

「一番可愛いあたしを、そこで描いて」
「え、あ……うん」

うーん、可愛いですね。
でも個人的にお気に入りはオーリャの元にいて、作品で時々象徴的に現れる「アンドリューシャ」と名前の付いた猫だったりして・・・可愛い。
あと一人、物語の中核にいる重要人物が出てきますが、それは本編でご確認下さい。

総合

星5つ。
貧しくて、侘しくて、それでも希望に満ちていて、そして夢と未来があります。
多少「童話的」と思える展開だったり、作風ではありますが、それにしても紡がれた世界のイメージが素晴らしい。これは是非とも読んで頂きたい作品なんですが・・・古橋秀行だからきっとまた売れないんじゃないかな・・・なんて思ってみたりして。でも良い本だと思いますね。というか「超妹大戦シスマゲドン」とかのはっちゃけた作品を書いた作者とは思えない作品。本当に同一人物なのだろうか?
イラストは藤城陽氏ですが、作品の雰囲気にあった実に良い仕事をしています。だた、口絵カラーが1ページしか無いのが残念でしたね、もっとカラーイラストが見たかった・・・。

感想リンク

Alles ist im Wandelのコウさんは「個人的に"ミミズクと夜の王"より楽しめました。」と書いていますが、比較対象にミミズクを持ってくる辺り、良く分かりますね。コウさんの感想を読んでみて「なるほど!」と思ってしまいました。
何となく思ったんですが、あちらが「少女の童話」だとしたらこちらは「少年の冒険」だからかな〜って所ですかね。