マージナル

マージナル (ガガガ文庫 か 1-1)
マージナル (ガガガ文庫 か 1-1)神崎 紫電

小学館 2007-05-24
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おすすめ平均 star
starこれはちょっと。
star気になるところはあるけど概ね良い
star期待しすぎた?(;--)

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これは・・・際どい。
もの凄く際どい所にある作品ですね。しかし、楽しんでしまった。最悪な気分で楽しんでしまったな。この話は簡単に言えば「レクター博士予備軍」 vs 「バッファロー・ビル」の物語。
これだけで、読みたいか読みたくないかが、ほとんど決まるんではないでしょうか。ある意味猛烈に禁忌に触れています。

ストーリー

摩弥京也(まやきょうや)は殺人や死体、拷問など「生を冒涜する事を好む」アンダーグラウンドのサイト・ブラッディユートピアの管理人。
そんな彼はある偶然から、サイトに新しく入会希望してきた「エクスター公爵の娘」と名乗る人物が現在巷を騒がせている連続殺人事件の犯人である証拠を握ってしまう。結果として彼は、連続殺人犯から付け狙われる事となってしまう。
そして同時期、京也は一人の少女と接触する事となった。その少女の名前は南雲御笠(なぐもみかさ)。連続殺人事件での最新の被害者の妹であり、美しい少女。京也は御笠と協力して、連続殺人犯を突き止めようとするが・・・。
異常性欲や死体愛好、快楽殺人などを扱った、マージナル(境界上)な作品。

テーマが快楽殺人ですので

当然「人を殺す事をどのように思うか」という事をやっぱり考えさせられます。以前別の所で、

『なぜ人を殺してはいけないのか?』

という問いかけに対して、

『何一つとして人を殺してはいけない理由などない』

という「一つの見方」が出た事が有りました(もちろん「人を殺せる正統な理由はない」という意見も出てますから)。私はこの意見にYESともNOとも言える回答をしています。その時の回答は以下の様なモノでした(読みやすいように改訂してますが)。

生物学的な見地から見れば(『何一つとして人を殺してはいけない理由などない』というのは)正解でしょう。生物界は弱者必滅ですし、人間もそのルールから逃れる事は出来ません。そうして成り立っているのがこの生き物の世界です。
ただし、上記の過酷な生物界の掟から逃れるために人間が社会性というものを作り上げたのだとしたら、そうした観点もまた忘れてはいけないと思えます。

  • 「人とは何か?」という問いに対して
    • 前提A「人間=ただの生物(野獣性=自由を持つもの)」
    • 前提B「人間=自分の『生物的自由(野獣性)』を売って『社会(ルール)』を作り、そこに『安全を見いだして所属する』もの」

少なくともこの二つが思い浮かびます。
問題は上の二つの条件が「別のものとして全く交わらない並列存在」としてあるというより「重ね合わさった状態」で「人間」というものを作っているという事でしょうか。
基本的な前提条件が複数存在して、かつ相反するものの場合、答えもまた(人を殺して良い/悪い)二つ以上出てしまうのでしょう。どちらかの答えが正解という訳ではなく「どちらも正解」または「どちらも間違い」だと思います。
シュレディンガーの猫の問題での「箱を開ける前」の状態みたいに「波動関数が収束する以前の問題」なんでしょうね。

「人間」という現象を構成する要素は本当に多岐に当たると思いますが、その現象のどのレイヤーに自分を置いて語るかによって、180度結論が変わる類いの命題だと思います。

こんな風に書きました。
この話も人間というものの前提をどちらに自分を置いて読むかによって、評価が180度変わる類いの本です。これからこの本を読もうかなと考えている人、あなたは前提Aと前提B、どちらを重視しますか?
・・・Bを重視して、「人を殺す/殺したいとシリアスに考える事は人間をやめているのと同じだし、そんなもの目にするだけで不愉快だ」と思っている人、間違いなくこの本を読むのは止めた方が良いです。どう考えても、これは深淵に潜む怪物を覗き込む類いの本だからです。
・・・いずれにしても、ここで「続きを読む」にしておきましょう。私と同じようにAもBも共にある程度支持出来るという人だけ、これから下を読み進めて下さい。本編でも引用がありますが、私もここで(念のため)この言葉を引用しておきます。

怪物と闘う者は、その過程で自らも怪物とならぬよう注意せよ。おまえが深淵を覗き込んでいるとき、深淵もまたおまえを覗き込んでいるのだから。

主人公の存在が際どい

扱っているテーマもテーマですが、主人公がそもそもかなり危険な存在です。
いわゆる快楽殺人者の予備軍(境界を踏み越えてはいないので彼は自分を「境界上」の存在だと自分を言っている)なのですが、欲望を制御しようとし、コントロールし、一応こちら側に踏みとどまっている人間ですね。
彼は危険な欲求を持ってはいますが、理性でその衝動を抑えています。ただ、もし快楽殺人者になるとしたらいわゆる「秩序型」と言われる殺人者になるのでしょう。冷静に、精密に、綿密に殺人を犯す。有名な所で言えばあの「羊たちの沈黙」のレクター博士が思い出せますかね。

この少女もまた姉同様美しい。
殺してみたいほどに。

しかし同時に彼は踏みとどまっているので、変な気を利かせて失敗したりもします。

そういえば、と彼は思い出す。女性は自分をより綺麗に見せたがる生き物だ。ならば彼女の外見を褒めてやれば良いのだ。よし、会話の糸口としては悪くない。それでいこう。
「御笠さんのおっぱいはおそらくお椀型、非常に形が良い。その上、弾力も申し分ありませんね」
直後、後ろから伸びてきた指に目潰しを喰らわされた。
「ぐあぁッ!」

人の心が分からない故の笑いとでも言いましょうか・・・。

敵の存在が際どい

もうこれは完全に、いわゆる常識を踏み越えてしまった存在ですね。
主人公が未だ踏みとどまっている所をやすやすと越えてしまい、さらに自分の全能感や異常行動を妄想で補強してしまっている。行動は理性的とは言い難く、粗暴。単純に分類すれば「無秩序型」と呼ばれる快楽殺人者ですね。
主人公がまだ一般的な人間としての資格を持っているとしたら、彼は完全に片方に針が振り切れてしまったラインを超えて獣になった存在です。

ヒロインが際どい

ヒロインの存在がこの主人公の際どさを煽り立てています。
主人公の性衝動は殺人衝動と密接に結びついているからですね。・・・ヒロインの南雲御笠は主人公自身が「唾棄すべき衝動だ」と思っている殺人衝動を呼び起こすのに十分な魅力をもった少女なのですね。事実主人公はヒロインの御笠をしばしば想像の中で殺しています。
そう思わせるだけの魅力があり、可愛らしい少女なのです。肉感的で、純真で、美しい少女。

「……まあ、その、重箱に入らなくて……チラリズムってやつだと思えば」

弁当箱にカニを入れてきた挙げ句の発言です。

「だ、だって、頭をヤれば摩弥くんの記憶が消えてくれると思って……」

見られたくないものを摩弥に見られた後の暴力行為の良い訳だったりします。正直笑えます。

・・・しかし、ただ一つ違和感があったのは、彼女は姉を亡くしているんですが、その直後にこの話のように元気に行動する事が出来るかどうか? って辺りですね。まあ話作りから言って仕方がないとも言えますが、流石にちょっとそこは苦しいでしょう。

際どいを3つ並べましたが

この話は

  • 快楽殺人者(オーバーライン:犯人)
  • 快楽殺人衝動を持ちつつも踏みとどまろうとする者(マージナル:摩弥京也)
  • いわゆる一般的な性衝動の持ち主(ヒロイン:南雲御笠)

の三つ巴の戦いの話でもあります。
生き残るのは誰か? というより何か信念を賭けた戦いのようにも読めます。実に不愉快ですが、この本を読んでいると「恐らく自分の中にも潜むであろう」野獣性のようなモノを意識させられます。

それでいて

ある意味現実から浮遊しているために浮いている主人公・摩弥京也が繰り出す乾いた笑いや、美青年である彼を前にしてウブな少女らしく頬を赤らめたりする南雲御笠の姿が楽しめたりする・・・スゴいギャップを抱えた作品ですね。
コミカルなやり取りのすぐ裏側に、全然笑えないシリアスな他人という深淵がある・・・。怖いです。怖いですが、それ故に引き込まれます。しかし間違いなく読む人を選ぶ作品ですね。私はばっちりと引き込まれましたが、不快感しか感じない人がいるであろう事も容易に想像できます。

総合

星5つにします。
ただし、「続きを読む」にしている通り、絶対万人にお勧めできる作品ではありません。
少なくとも片山憲太郎の「電波的な彼女」を普通に読めるくらいの素養が無いと結構苦しいでしょう。
イラストはkyo氏ですね。個人的には非常に好みな感じなのですが・・・色っぽいイラストがこの作品に限っては素直に楽しめないという本でもあります。

感想リンク

booklines.net  まいじゃー推進委員会!  ライトノベル名言図書館  Shamrock’s Cafe  MOMENTS  積読を重ねる日々
個人的に一番興味深くよませてもらったのは「Shamrock’s Cafe」さんの感想。いちいち頷きながら読んでしまいました。shamrock4さんは「リアリティが足りない」「薄っぺらい」と仰っています。・・・書き忘れちゃいましたけど、流石に「それは幾ら何でもやらんだろ」という所がありますね。しかしまあ、そのために面白いんですが、もうちょっと別の方法を考えてくれても良かったなあ・・・と思う感じはします。
ただ・・・私の場合はその「リアリティの無さ」が読み物として丁度よかったって事になるんでしょうね。