カッティング 〜Case of Mio〜

カッティング ~Case of Mio~ (HJ文庫 は 1-1-1) (HJ文庫 は 1-1-1)
カッティング ~Case of Mio~ (HJ文庫 は 1-1-1) (HJ文庫 は 1-1-1)翅田大介  も

ホビージャパン 2007-06-30
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ストーリー

相坂カズヤ(あいさかかずや)は高校で一人の少女に出会った。少女の名前は西周ミオ(にしあまねみお)。
冷徹な空気を纏い、手首に曰くありげな包帯を巻き、人を超える美貌を持つミオは教室の中で完全に浮いた存在であったのだが、それ故に相坂カズヤは彼女に惹かれた。カズヤはミオに交際を申し込み、二人は交際を始める。ここまではちょっと変わっているけれども、どこにでもある少年少女の物語。
しかし、彼女が自らを傷つける理由が彼の前で明らかにされた時、事態は深刻さを増して行き、予想もしないような物語へとなっていく。不安定な少年少女の心を丁寧に描き、不器用な二人の恋を綴った自傷症ストーリー。

久しぶりに

文章を真面目に追っかけてみる気になる本だったかな。
私はどーも、どうでも良い事しか書かれていないとつい読み飛ばしたくなるんだけど、この本はそれが無かったな。文章や言葉の選び方が美しいというか、つい追いかけたくなるようなリズムがあるというか・・・。
序盤に西周ミオについて主人公が述懐する場面があるのだけど、それはこんな感じです。

しかし、彼女は有名人であるが、皆に好かれるアイドルとか、そういう立ち位置にはいなかった。高嶺の花とか、高値の華ということもない。
彼女は異次元、異邦の代名詞だった。
話しかけられればちゃんと返事を返すし、追従して微笑んだりもした。けれど彼女からは常に孤独の香りがしたし、彼女の微笑みは透明すぎて感情が感じられなかった。
しかし何よりも彼女を近づき難い存在としていたのは、彼女の左手に巻かれた、血の滲んだ包帯だった。

作者がどう思ってこの辺りを書いたのかは分からないけど、ステレオタイプなキャラクターとしてこの本を書こうとしている訳ではない、という事は「私」という読者に伝わったと思う。
少なくともこの文章を読んで「作者は丁寧に書こうとしている」という印象が持てたし、こういう風に表される少女がこの後どんな人物として描かれて行くか、また人をこんな風に見ている少年がこの後どんな風に変わっていくのか興味が出た。そのためその後物語にすんなり入っていけた。

語り口自体は

主人公の少年が「変な思春期スパイラル」に陥っている事から、その視点をひっぱるため至極冷静に書こうとしている感じ。
そのため(だと思うけど)心理学用語が多く出てきたり、どこかの教科書から引っ張りだしてきたかのようなプロファイリングじみた観察の描写が多く見受けられます。・・・正直、もしこの主人公の相坂カズヤ視点だけで話を書ききられたら途中で辟易とした可能性があったけど、途中で挟まれる「Inter cut」という断片がその都度新鮮さを思い出させてくれる感じ。
「Inter cut」の語り部はそのカット毎に変わって、まったく違う視点から物語を語ってくれます。それがチョイ役や進行役とも言える端役たちにリアリティを作り出しているように思いました。章、あるいは段落毎に語り手を変えたりするより上手い事やったなという感じです。

それにしても

主人公たちは困った学生ですね。こんな会話は多分日本中探してもないと思いますけど・・・ちょっと引用。

「消えて行ってしまいそうだから、自分の殻を確かめるのかい? 君にとっての身体は、痛みとイコールなんだな」

「相手の思考に、とても敏感。一歩間違えれば冷酷にすらなりそうな、静かな観察眼。それも、あなたの悩みからくる特質かしら」

上は相坂カズヤ、下は西周ミオの発言ですが・・・高校生としてはスゴいあり得ない会話な感じですね。さらにこんな会話もあります。

「きっと、本当に綺麗なもの、大切なものというのはそういうものなんだよ。傷だらけになっても、傷跡すら奇麗なものにできるんだ」
「……あなた、気障って言われない?」
「幸いなことに、まだ言われたことはないね」
「そう。なら言ってあげる。あなた、気障だわ」
ミオは呆れたような苦笑を浮かべた。

やっぱりもの凄くあり得ない〜! って感じなのですが、作品全体を通してみた場合には実に似合っているんですねこれ。さらには、その後少しずつ描かれる彼らの姿が中々に微笑ましいこともあって、後半では全く気にならなくなってしまいました。

また

変な主人公たちとのバランスをとるかのように描かれたクラスメイトやかつての友達、家族などが良かったですね。彼らは極少数を除いて本編内で活躍するという訳でもないんですが、物語を引き締める役に立っていたなあ・・・なんて思います。
目立っている訳ではなかったけれども、相坂カズヤの両親や妹などはいかにも普通な感じを強調していて良かったですね。

総合

星4つ? もう少して星5つにしてもいいかな? いいや、応援の星5つにしてみようと思う。
なにやら変な物語ですし、登場人物(特に主役二人)が変なこともあって「一体どんな話やろ?」って感じなのですが、読み終わってみるとアラ不思議、ちょっと変で猛烈に不器用な二人の傷だらけの恋愛物語だったな・・・という感じでした。読了感も良かったですね。
主人公二人がそろって関係をこねくり回すのですが、その紆余曲折があればある程「可愛い二人だなあ・・・」という印象に落ち着きましたね。いや、良い物語を読みました。
ところで、この作品は「ノベルジャパン大賞」の「佳作」だそうですが、改訂が巧く行ったんでしょうかね。

イラストは分かりにくいペンネームの「も氏」です。人物のアップ中心ですが、恋愛モノなのでそれでも良いでしょう。特に絵柄と作品が良くマッチしていたなあという印象です。絵師を選んだ・・・編集者の勝利かな?