薔薇のマリア(1)夢追い女王は永遠に眠れ

ストーリー

永遠大陸(エターナルコンチネント)ルミナス・アルファの一角、サンランド無統治王国。
そして物語の始まる場所は、「腐敗/汚濁/醜悪/混沌/陋劣/憎悪」・・・といった「負」の要素を詰め込んだ悪の都・首都エルデン。その一角・歓楽街クァラナドから物語は開始する。
主人公は美しきマリアローズ。今なお首都エルデンの地下に封印され、異界の口が開いているという「アンダーグラウンド」と呼ばれる地下世界を探索して、宝探しを生業にしている一人である。
彼(あるいは彼女は)、クラン・ZOOという「一族」に所属している。クランは簡単に言えば冒険者のパーティ。今回マリアローズとクラン・ZOOは、古代時代の大魔導師が作らせたというレイピア「劫火」がアンダーグラウンドの最下層に存在しているという情報を聞きつけて、アンダーグラウンドの深奥に挑む事になる。
しかし、相当の手練でも命を落とす事がある過酷な状況の中、思わぬ事態がマリアローズ達を襲いくる。
練りに練り込まれた世界観と、良くも悪くも生き生きとしたキャラクターが人気のシリーズの第一巻です。

良くも悪くも

圧倒的な情報量と言わざるを得ない1巻ですね。
信じられない程の広がり(時間と空間的な意味の双方において)を持った物語世界にまず圧倒されるという感じです。正直に言って、この作品が何らかの壮大な下地を持ったゲームか何かと世界観を共有していないというのがまず驚きです。
例えば最近では「ポリフォニカシリーズ」が奥行きの広さを感じさせてくれる作品作りに腐心していますが、そのポリフォニカシリーズを世界観という意味では「薔薇のマリア」はこの1巻で上回ってしまっている感じすらあります。まあ描こうとしているものが全く違うと言えますので、単純に比較しても仕方がない事ですが・・・。
何やら好奇心をそそるキーワードがあちこちに出てくる話で、時間があれば自分で「薔薇のマリア辞典」とかを作りたくなる・・・と言えば納得してもらえるでしょうか。

それでいて

多数登場するキャラクターの描写が疎かになっているかというと「そんなことはない」というのがまたこの1巻の凄い所ですね。
マリアローズを始めとして、クラン・ZOOの面々——

  • リーダーであり、大剣を振り回す事の出来る豪腕と、凄まじい戦闘能力と謎と・・・ちょっとボケた所を持った若者・トマトクン
  • 遠くラハン大陸の出身であり、冷徹な暗殺者として作り上げられたという過去を持つ無口な解体機械・ピンパーネル
  • 「魚顔」と本編で罵倒されまくられつつも意外な程シリアスな過去を持ち、それでも軽口と命懸けの戦いに身を投じる・カタリ
  • 医療術と極限九手棍を使いこなし、どう見ても十そこそこの外見と舌足らずな喋り方を持ちながら、実際は23歳の娘・ユリカ
  • 偉大な魔導師の弟子として仕え、その身に魔道の技を刻みながらも並外れた不幸な運命のために数奇な人生を歩む気弱な娘・サフィニア

とにかく簡単にはその全貌を語らせてくれません。
彼ら一人一人を説明する上でも物語独自の造語や設定が多用され、過去の積み重ねや現在の葛藤など、もう読んでもらうしかないだろうという感じでさじを投げたくなりますね。

しかしまあ

やはり特筆すべきは主人公であるマリアローズと、クラン・ZOOのリーダーであるトマトクンでしょう。

マリアローズ

マリアローズは語られていないだけで数多の謎を抱えもっていますし、そもそも性別が謎です。彼(彼女)は作中で、

「女じゃない!」

と言い放っていますが、じゃあ男かというとどうもそれはそれで違うっぽいですし、マリアローズの秘密を知る者は一様にその秘密について口を閉ざします・・・主に医療関係者ですが。
そしてまたマリアローズの述懐によれば、マリアローズは両親のどちらにも似ていないという事ですし、

あてもなく歩いた。渇いていた。飢えていた。街にたどり着いた。そこは自分の居場所ではなかった。一人になった。いや。一人だった。いつでも、いつまでも一人だった。また歩いた。下を向いて。たまに前を向いて。懐かしいエルデン。何もかも失った街。すべてをそこで取り戻そうと思った。やり直そう。一人で。自分の力で。

なんていう具合に過去を夢の中で振り返ったかと思えば、

イシュタル・アガメムノ・ゴードン子爵は、マリアローズの人生に傷をつけ、歪ませた一人だ。

といった形で自らの過去を匂わせます。
一体マリアローズとは何物なのか? その謎が解ける時、物語は大きく動くに違いありません。

トマトクン

名前からしてもう人を舐めきっているというか、偽名である匂いがバリバリするのですが、彼の言動はいちいち読者をくすぐったい気持ちにさせます。それは彼の生まれと、そして持ち合わせた知識が読者にそのように思わせます。

「薬物と外科的処置による筋力増強、神経伝達速度と骨格強度の向上、細胞分裂の恒常化、そして、脳の改造。今でいう医術式のもとになった魔術の一系統は、ムサド開発の過程で飛躍的に進歩した」

まるで「薔薇のマリア」の世界が、我々が暮らしている現代社会の先にあるかのような事を口にし、かつ自分がかつてそこにいたかのように語ったかと思えば、

「だが、赤信号、みんなで渡れば怖くない、という言葉もあるだろう」
「は? あかしんごう? なにそれ?」

「赤信号」の存在しない世界において、その固有な言い回し(現代日本にいないと無理ですね)口にしたり、

「どうした。鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」
「……マメデッポウ?」

どう読んでも昔の日活映画を見ているような言い回しをします。
恐るべき力を持った超一流の剣士である事に加え、人を惹き付けるカリスマと、その身の奥に秘めた凶暴性と過去の知識の謎。
また、彼以外の口からも、「薔薇のマリア」の世界と「この現実の世界」の繋がりがあちこちで匂わされ、どうやら彼は何らかの役割を持って存在しているらしいという事が何となく感じ取れます。彼がこの「薔薇のマリア」という物語の謎の一端を担っている事はおおよそ間違いはありません。

とにかく

この1巻は「薔薇のマリア」の入門編として楽しめるだけではなく、いわゆるダンジョン探索ゲームに一喜一憂した人ならば、等しく没入出来る何かがあります。暗闇の中を怪物に怯えつつも通り抜け、そして財宝を発見し、貴重なアイテムを手に入れたときの喜びと興奮がある——といえば良いでしょうか。
続刊になるとその「ダンジョン探索」の気配はなりをひそめますが、それでも彼らが繰り広げるドラマは魅力的です。

総合

星5つ。
個人的にはもう完全にこの1巻は好みにストレートに入っている感じです。ただ、マリアローズの性別が今イチ分からないのでどう感情移入すればいいのかピンとこないんですが、それでも面白いですね。ダンジョンRPGに一度でもハマった事のある人なら、一読の価値がある物語でしょう。
イラストはBUNBUN氏ですが、中々の水準でイラストを描いていると言えそうですが——個人的には今ひとつですかね。ただし、口絵カラーの出来が非常に良い所を見ると、カラーで本領を発揮するタイプの絵師さんなのかもしれませんね。

・・・ちなみに「薔薇のマリア」シリーズの感想を今月中に完走するのは・・・多分(というかまず間違いなく)無理です!

そうそう

薔薇のマリア」の1巻が好き、と言う人はこの本も間違いなく好きになれると思うな。

風よ。龍に届いているか〈上〉

風よ。龍に届いているか〈上〉

風よ。龍に届いているか〈下〉

風よ。龍に届いているか〈下〉

私はこの本の感想をこちらの別ページで書いているので、よろしければ覗いてみて下さい。